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濁浪清風
意欲の異質性を自覚せよ、と。――願のままに成就しているとは(9)
   親鸞は「信の一念」を、『教行信証』「信巻」では「信楽開発の時刻の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」(聖典239頁)と言う。この「時刻の極促」とは、「一念」の時の刻みが極まることである。これをいわば、宗教的な意味での「瞬間」であると言ってもよいかも知れない。親鸞はその内実を明らかにするための引文に、『往生礼讃』の「前念命終 後念即生彼国」の文を挙げておられる。そのことによって、信心の時間のもっている特質を考察しようとしておられるのである。

  さらに、この「前念命終 後念即生」を『愚禿鈔』に取り上げていて、そこには「本願を信受するは、前念命終なり。[……] 即得往生は、後念即生なり。」(聖典430頁)と書き込んである。善導の言う「前念命終 後念即生」が、『無量寿経』の本願成就文の「願生彼国 即得往生」に対応するものであり、しかもその成就文は第十八願(信心の願)の成就文であるから、「信巻」において信の一念の内容として考察しているのである。信の一念に、善導の「前念・後念」という言葉を対応させ、それが「本願を信受する」という信心成就の内実であることを語ろうとしているわけである。

  このことを取り上げて信心のもつ時間の問題を解明されたものに、曽我量深の「信に死し願に生きよ」というテーマの講演がある。この講演がなされたのは、親鸞聖人七百回御遠忌(1961年)の記念講演(『曽我量深選集』巻12所収)であった。曽我量深はこの講演の中で、「一念の前後」ということを考察して、その前後の二念は、信の一念の前後であって、決して二つの別の時ではないと述べている。そして、これによって「即得往生」が信の一念を離れた当益(未来の死後の利益)ではなく、「本願を信受する」ことのいわば裏側に、張り付いている信念の未来だと主張しているのである。この未来は、「純粋未来」であるとも言われている。

  このことと、先に考察した信心の時間における「一念」の二義、すなわち過去と未来を付帯した現在の今の瞬間ということによって、親鸞の発信している問題を了解できると思う。すなわち、「信の一念」が「時刻の極促を顕す」と言われる意味を、受け止めることができるのである。その場合、いわゆる旧来の教学で言う「当益」と「現益」が決して別の時間ではないこと、つまり現益は生前であって当益は死後に限るというような非宗教的な理解に堕するのではなく、本願の信心に目覚めて生きる現在の一念の宗教的事実の内面であるということが判然とするのである。(続) (2020年5月)

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