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濁浪清風
宿業を大地として(16)

  仏教の存在(有)の見方は、われら凡夫の現実存在は限定されて与えられていると見る。その縛りつけられた現実の「有」を「諸有(しょう)」と言う。諸有とはしたがって、無明に覆われた迷妄としての存在なのである。この限定された存在の事実を苦悩の生存と感じる衆生を哀れんで、如来は本来帰るべきあり方を示そうとするわけである。

  われらの生存の闇は、実は存在の背景たる曠劫(こうごう)の流転(るてん)によって、われらの存在(有)が規定されているところからきている。これを善導は、「自身は現にこれ罪悪生死(しょうじ)の凡夫、曠劫より已来(このかた)、常に没(もっ)し常に流転して、出離(しゅつり)の縁あることなし」と表現した。このことは、自身にまとわりつく纏縛(てんばく)を、自身の努力や意志で切り払おうとしても、その根底にまだ纏縛が付帯していることを示しているのである。この流転の歴史を自己の業報と感受するなら、出離生死と教えられる仏陀の教えが、その究極に到達することは自分には不可能事であることを知らしめられるのである。

  それなら仏陀が教えようとする存在の解放を、われらは諦念せざるをえないのであろうか。そこに、先に述べたような如来からの大悲の呼びかけが教えられてくるのである。われらには、それを晴らすことに絶望せざるを得ないような深い存在の闇がある。そこに大悲が存在の真理からのはたらきかけとして、われらに呼びかけ続けているとされる。

  この構造を、法蔵願心が一如宝海から立ち上がって、十方衆生を済度せんがために、本願を超発(ちょうほつ)したという形式の物語でわれらを導こうとする。この物語を主導する法蔵菩薩とは、絶対に不可能であるような事態を、あえて自己に引き受けようとする大悲の願心を表現している。そのために具体的な方法を思惟して、一切衆生を済度するための場所をわが国土として象徴的に表現し、そこへの生まれ直しのごとき生存の根本的転換(往生)を呼びかけるのである。

問題はその大悲の方式を、衆生が受け入れるかどうかにかかる。それは衆生が法蔵菩薩の本願に賛同するかどうかということである。そのために、法蔵菩薩が衆生の苦悩の事実のただなかに飛び込んで、兆載永劫(ちょうさいようごう)に修行しようと発願するのである。このために、衆生の宿業となって衆生とともに歩み続けようとする。この法蔵願心こそ、われら一人ひとりの宗教的要求の本質である。われらの罪業深重の身となってわれらを摂取せんとする大悲こそが、真にわれらを解放するというのである。ここに、この物語は単なる物語ではなく、われらの宗教的実存を成り立たせる根源的な原理であるということになるのである。(続く)(2017年9月)

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