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濁浪清風
 「こころ」の起源について、科学の分野からの探索が進んでいるそうである。生命の起源についても、単に神話的な物語ではなく、物質の化学反応から解明しようとの試みがなされてきている。しかしこの生命ということも、まことに不思議なことではある。
 物質から生命体への変異には、どういう条件があって、どういうわけでそういう連鎖が成り立ってきたのか。RNA(リボ核酸)という高分子がどうしてできてきたのか。それがなぜDNAになったのか。それがまた複雑な連鎖のなかで、どのようにして細胞になったのか。まず、そこまでの物質の変化それ自体も、ある意味で不思議な因縁の結合としか思えない。
 しかし、さらにそれが多細胞生命体になるには、飛躍といってもよいほどの大変異がある。有限な寿命を与えられ、個体として持続し、滅んでいく。生きるということは、生きるためのエネルギー源を、外界から取り入れ、自己の内でそれを消費して、滅んでいく前に自己と同じような生命体を生み出していく。その新しい個体を誕生させるために、雌雄という異なる性の存在が生まれて、その二つの性の生殖機能の結合の結果、新しい個体が誕生する。
 生命体は、よく似た自己の種を相続するのではあるけれども、決して同一のものはないという。その根本には、「遺伝子」といわれるものがあることが発見された(それから、まだ40年ほどしか経っていない)。個体の遺伝子は、ほとんど同じような分子の連鎖ではあっても、決して同一のものはないというのである。それほどに複雑な無数の物質の結合が、不思議な約束事のように、当たり前のように起こっている。
 いわば、その複雑系の頂点に人類という生命体が生まれてきている。その体系の不思議さや、それが一回限りの、絶対に同一なものがない存在であることの事実、そしてなによりもそういう事実を意識し、自己の存在の意味を自己自身で問題にするということが、これがまたなによりも不思議なことなのである。
 われわれ人間は、そんなことは「当たり前」のこととしているのであるが、自然界の物質的な因縁から生命が生まれることも、人間の意識が起こることも、そしてその人間が自己の存在自身を問いとするということも、じつは当たり前なのではなく、まことに不可思議な因縁の恵みというべきなのである。(2003年11月)
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