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濁浪清風
 世界が情報的にも交通の往来としても、ますます近くなり頻繁にやりとりするようになっている。いわゆるグローバルの言葉どおり、地球規模で人も物も動いている。けれども、人間の意識の内面に関わることになると、その実体とはほとんど関係がないのかと思われるほど、あまり変化していないように感じられる。確かに旅行などで、外国の文化に触れたり、さまざまな事件にぶつかったりすることによって、それまでの国内でなじんだ常識の壁が崩されることはある。しかし、それによって自分の育ってきた文化の土壌を根本から疑ったり、そこから自己を完全に引き離したいというようなことにはならないのではなかろうか。
 一説には、「母国語」の母音が身に付くのは、3歳までの環境によるという。その後の教育や自己鍛錬によって、数カ国語を自由にあやつることができるようになる人もいる。しかし、厳密な表現の差異や、デリケートな発音による感覚の違いや、助詞や助動詞の使い方によるニュアンスの差など、やはり母国語でなければ身に付けられないものもあるのではないか。たとえば、その地方独自の方言とか「なまり」などは、なかなか他の地方の者には身に付いていかないものであろう。
 このことが、宗教にも深くかかわってくるところがあるように思う。中国の善導(ぜんどう)は、「もし行を学ばんと浴(おも)わば、必ず有縁(うえん)の法に藉(よ)れ」と言われた。実際に、自己の存在がかかったような宗教的な求道には、自己にいま、眼前に与えられている「教え」の生きた事実に出遇(あ)うということしかない。つまり、「出遇い」によって頷くほかに、こころから納得できる方法はない。理性的な探求や思想的な追求なら、文献研究や古文書の探索をとおして、いくらでも可能なのであろうが、そこから自己にとって、絶対に疑えないような宗教的真理をつかみ取ることは、ほとんど不可能であろう。身近な出会いのもつ大きな作用が、人間を深く教育し、形成していくところがあると思うのである。
 そのうえで、すでにこの身に頂いている自己基盤のようなものを、他の言葉や文化によって、相対化し、照らし出すことが、自己自身の自覚にとって大事な仕事になるのだと思う。それがないと、たまたま出会った現前の事実を絶対化し、確信して、それのみを執着することで、他の文化や価値観を許容できない偏狭な信念になってしまうからである。(2004年4月)
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