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濁浪清風
自然の浄土(5)

 願心が荘厳(しょうごん)して語り出した場所(報土)を、「自然(じねん)の浄土」と親鸞は表現する。『経』においては、本願が国土を建立すると語られ、その国土のもつ意味が「功徳(くどく)荘厳」であるとされている。それを天親(てんじん)菩薩は『浄土論』で「願心荘厳(がんしんしょうごん)」であるとした。大悲の法蔵願心が、衆生に仏道を成就させるために場を開き、その場のもつ力を表現した功徳が浄土の形なのだということである。
 さらに、曇鸞(どんらん)が国土の意味とは「方便法身(ほうべんほっしん)」であるとしたのであるが、それは無形の「法性法身(ほっしょうほっしん)」から願心によって生じた有形の表現であるということである。それは「一如宝海よりかたちをあらわし」た法蔵菩薩の修行の功徳の場所的表現であるとも了解されるであろう。それには何か人為的な創作のようなイメージがあるのだが、それを実は人間が本当に帰るべき存在の故郷なのだ、と善導が語っていることをヒントにして、親鸞は「自然の浄土」という言葉に集約したのではなかろうか。
 真如(しんにょ)とか法性と言われてきた無為法(むいほう)を、凡愚(ぼんぐ)が共感できる事柄にするためには、どうすればよいか。そのことの工夫に全力を投入したのが、「超世(ちょうせ)無上に摂取(せっしゅ)し 選択五劫思惟(せんじゃくごこうしゆい)して 光明寿命(じゅみょう)の誓願(せいがん)を 大悲の本(ほん)としたまえり」(『正像末和讃』)という和讃の趣旨であろう。そして「正信偈」では「五劫思惟之摂受 重誓名声聞十方<五劫、これを思惟(しゆい)して摂受(しょうじゅ)す。重ねて誓(ちか)うらくは、名声(みょうしょう)十方に聞こえんと。>」と表された。光明となり寿命となることで、色も形もないと言うほかないような無為法を、衆生の苦悩の闇にはたらくために、まずは光として表現し、その光がいかなる情況にある凡愚にも生きてはたらく慈悲であるために、「寿命」と表現しようとする。親鸞は、そこに「超世の悲願」の重さを感受したのであろう。
 そもそもわれわれが、「一如」に「自然」という語と関連する感覚をもつのは、人為を超えているからではないか。人為とは、人間理性が分別して、大自然の分限を人間の領分に取り込もうとするところに、そもそもの不自然さが生じてしまうのではないか。その人為の骨頂が「自然科学」なのではないか。科学にとって自然は研究対象であって、その種々の特質や法則を見いだしてくるなら、人間の意のままに変更したり利用したりできる事柄となるのである。
 この場合の自然は、人間の外側にあって人間理性の対象となる事柄なのであるから、まさに人為の操作の対象となるのである。この人為的な自然操作が、近代の文明社会や世界秩序を作り出してきたのである。この人為による自然操作が、人間存在の本質にとって真理に適(かな)っていると思い込んで「進歩発展」していくことは善であるとして、ほとんど無自覚的に順応してきたのが、昨今のわれらの生き様だったのではなかろうか。この感覚にとって「自然の浄土」という表現は、はるかに遠い星からの微光のように感じられるのは、当然なのであろう。(2012年8月)

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