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濁浪清風
親鸞教学の現代的課題(6)

  真実教たる『大経』は、真実証(証大涅槃)を一切の凡愚(ぼんぐ)に、如来の往相回向(おうそうえこう)のとして施与する。このことを、親鸞聖人は必至滅度(ひっしめつど)の願の意味として明らかにされた。これは「如来回向の果」なのであって、衆生の自力の行に対応する果ではない。もし衆生が他力に帰しながら、大涅槃を自力の時間の果てに獲得しようとする発想が残るなら、この果の意味が良く了解できないから、生命の有る限りの時間ではない時間として、死後の時間にこのを獲得するのだ、と思考するのではないか。そういうこの世の時間しか考えられないわれら凡愚に、一応、時間的な体験の延長上に獲得できるように説明するために、仮に「後生」とか「滅後」という表現をとらざるをえないのかもしれない。
  しかし、本来は大涅槃とか一如宝海(いちにょほうかい)に、この世の時間はあてはまらないのではないか。浄土を荘厳(しょうごん)して清浄功徳(しょうじょうくどく)を語りかけるとき、天親菩薩が「勝過三界道(しょうがさんがいどう)」と始めに押さえられていることの大切さが思われるのである。三界の時間・空間を勝過するとは、「一如」とか「涅槃」が無為法であることがあるからであろう。無為法をわれら有為の衆生に了解可能ならしめようとするところに、法蔵菩薩の発願(ほつがん)の意味が見いだされた。しかし、法蔵菩薩の物語における時間は、「兆載永劫(ちょうさいようごう)」とか「五劫思惟(ごこうしゆい)」とか「十劫正覚(じっこうしょうがく)」とかと語られるように、時間とは言えないような時間で語られるのである。
  第十一願(必至滅度の願)によって、親鸞聖人は「真実証」が「煩悩成就の凡夫・生死罪濁の群萌(ぐんもう)」に開かれることを示される。真実信心の主体が「極悪深重の衆生」(「信巻」)であり、それを「証巻」の初頭に押さえ直して、凡夫が「往相回向の心行を獲れば、即の時に大乗正定聚(しょうじょうじゅ)の数に入るなり。正定聚に住するがゆえに、必ず滅度に至る」と記されている。
   大乗正定聚は聖人によって、「信巻」の標挙(ひょうこ)に「正定聚の機」と押さえられており、真実信心に付与される現生の利益である。その正定聚とは、「大涅槃」を必定とする位、すなわち成仏を確定した位である。この位のもつ意味を、衆生に語りかけるために、「信心の人は弥勒(みろく)と同じ」とか、「諸仏と等し」とまで言われるのである。その真実信心に付与される位と、「必至滅度の願果」との関係を語る先の文の押さえに、「即の時」という語を置くのみで、「臨終」とか「死後」とか言う条件を一切挟まないのである。
   これは信と証とが、至心信楽の因と必至滅度の果という「因果」で、衆生に回向される。このことを時間で表そうとするなら、「即時」というほかない。これは、「信・証」の因果が「名号」のなかに包まれて同時因果として回向されるということなのではないか。(2013年9月)

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