親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内ブックレビュー
 HOME > 濁浪清風
濁浪清風
親鸞教学の現代的課題(7)

  真実信心を因とし、真実証を果とする。その因果が、選択本願(せんじゃくほんがん)の因果であり、その因果を大悲心の回向の内容として、罪濁(ざいじょく)の凡愚(ぼんぐ)を等しく潤そうということ、これが法蔵願心の五劫思惟(ごこうしゆい)の問題意識であり、その具現の事実を衆生の信心に確定させることに、兆載永劫(ちょうさいようごう)のご苦労を仰ぐ。これが『大無量寿経』の物語を、真実教といただく信念内容と決定したのが、親鸞の聞思だったのだと思う。
  如来願心の因果の間に、人間的な時間を挟まない。物語としては、因位から果位へは、無限の時間を語ると同時に、“すでに成仏して十劫を歴(へ)たまえり”とも語り、果から因位へ物語的な転出(従果向因)をするのだとも言われる。
  これは先にも触れたように、およそ有為転変(ういてんぺん)する衆生の迷妄の時間に対して、これを突破する菩提の智恵が見いだしている無為・真如・涅槃と言われるような超越的内実を、いかにして迷妄の衆生に語りかけうるか、という課題があるからである。この因果が衆生に関係する場面に、「即時」という時を表現されても、凡愚にとっては何のことかわからないのである。「必至滅度(ひっしめつど)」という願が成就して、第十一願成就の文の「生彼国者、皆悉住於正定之聚」(仏説無量寿経巻下)となることは、文章としては「かの国に生まれたならば、皆ことごとく正定の聚に住す」ということなのであろう。それを親鸞は、「かのくににうまれんとするものは、みなことごとく正定の聚に住す」(一念多念文意)と、あえて読んでいる。得生の位の利益を願生の位で獲得すると主張するのである。ここに、「必」という未来をはらんだ確信が、現在にすでに成り立っている内実でもあるという、大変了解しにくい信念内容が提起されているのである。
   ここが了解しにくいので、回向との値遇(ちぐう)によって与えられる利益にかかわる「即時」に、状況的限定を入れたり、因果を分けて二つの時のように解き明かしてきたのである。親鸞の思想は、凡夫が本願力に値遇するという構造において、この納得しがたい有為と無為との接点を、愚かな凡愚の信心において衆生のものにしようとしたのではなかったか。そのために、衆生からの努力の延長ではなく、まったく衆生を超えた本願他力のはたらきで、衆生に「諸仏と同じ」とか「弥勒(みろく)と同じ」とか「如来と等し」とかという位がもたらされることを語られるのであろう。
   この信心の内にたまわる因果は、いわゆる二種深信の構造として自覚の内面に矛盾的に定着する。どこまでも愚痴深く罪濁の心を浄(きよ)めることのない凡夫でありながら、本願力に帰して大悲の願船に乗ずる安心を生きられるのであると。その願船のかたちこそ、弥陀の名号となった大悲の願行だと信受されるのである。(2013年10月)

最近の『今との出会い』一覧
Backnember ページトップへ
濁浪清風今との出会いブックレビュー
研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス