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濁浪清風
親鸞教学の現代的課題(8)

  大涅槃(だいねはん)を本願力の信受(しんじゅ)において、凡夫(ぼんぶ)の現在に「必然」として確保するということ。この論理を信頼することによって、求道の課題は「真実の信心」を獲得することひとつにかかることになる。現在の信心の事実と、可能性としての大涅槃を必然として孕(はら)む信心の力。この二面を本願力によって、凡愚(ぼんぐ)の信念内容に受けとめるということの具体化が、信心獲得の課題となるのである(いわゆる二益は、親鸞聖人においては本願の因果として、信心と真実証として押さえられており、その全体を「一心」にいただくということが、「正信偈」の「群生を度せんがために、一心を彰(あらわ)す」ということであり、「証巻」結語の「論主(天親)は広大無碍(こうだいむげ)の一心を宣布して、あまねく雑染堪忍(ぞうぜんかんにん)の群萌(ぐんもう)を開化す」という表現の意図なのであろうかと拝察する)。
  凡夫の事実は「虚仮不実(こけふじつ)」という言葉で押さえられるような、煩悩具足の本質を離脱できない。そのことを厳しくあぶり出す力こそが、如来のはたらきとして自覚されてくるのである。すなわち、真実と言いうるのは、凡夫を超えた菩提心の果位、すなわち如来としての内容のみである。では、不実・虚偽を脱出できない凡夫が、いかにして「真実」との関係を確保しうるか。ここに、人間からのあらゆる試みに失敗してきた求道者の歴史がある。親鸞も、おそらく有限なる凡夫から、無限なる真実の如来への距離の絶望的な遠さに、泣いたことと思う。徹底的な凡夫の自覚には、自力の有限性の壁に突き当たって、はね飛ばされる必要があるのである。
  ここを言葉で表現しようとするとき、因果の壁を超える困難さを時間で表すために、無限の時間をかけたご苦労ということを言う必要がある。しかしここで言う時間は、現実の煩悩具足を解消するための時間ではない。煩悩具足を清浄真実に変化させるための時間的延長では決してない。「煩悩成就の凡夫、生死罪濁(しょうじざいじょく)の群萌」がそのまま大涅槃に値遇(ちぐう)することを、真実信心は可能とするのだ。そのために、真実信心には“法蔵菩薩の兆載永劫(ちょうさいようごう)のご苦労”がかかっているのだ、と言われる。
   その絶対の矛盾を超えて値遇を成り立たせるために、大悲の「往相回向(おうそうえこう)」がかかわる。だから、「群萌が回向に値遇する」ことで、「現生正定聚(げんしょうしょうじょうじゅ)」が成り立つと言われるのである。正定聚の位は、大涅槃を必定(ひつじょう)とする位である。すなわち、「必」を内包する信念の位である。煩悩具足のままに、大涅槃を必定とする信念の立場である。これを成り立たせる力に、法蔵願力の永劫修行がかかっていると言われるのである。(2013年11月)

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