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濁浪清風
 先日(2004年4月22日)、「親鸞仏教センターのつどい」を催して、芹沢俊介さんに「家族にとって、宗教とは」というテーマで講演をしていただいた。その内容は、いずれ当センターの機関紙で報告されると思うが、現代の家庭の日常生活のなかでの、宗教的なものとの触れ合いを三段階に分けて分析されていた。
 現代の日常生活にとって宗教に触れるということは、まず家族の安全とか入学のお願いとかという、芹沢さんの言うところの「家族エゴ」というかたちであると言われる。昔から、家内安全・商売繁盛・病気平癒というような、日常の生活を元気に平和に暮らしていくための条件を、なにか自己を支える大きなちからにお願いするというような段階があると言う。それが家族の死という場合でも、宗教を家族に引き込むというかたちで、家族の慰めとか安心のために、宗教を引き込むということになっているのでないか、と分析される。
 その次に、「家族エゴ」と宗教が「共存」するというか、「同居」するというか、そういう関係があるのではないか、と言われた。ここがちょっとわかりにくいところだが、例えば、道にお地蔵さんが祀(まつ)ってあるということに、昔、家族を失ったものが、家族のために祀ったのであろうが、共同社会がそこに死者との共生というか、家族を超えて亡き人との場を感ずるというようなこともあるのではないか、と言われた。
 そして最後に、宗教によって家族エゴが解体されて、宗教的な関係において、家族を失った悲しみを超えていくということがあるのではないかと、指摘された。それを宮沢賢治の『手紙四』と『銀河鉄道の夜』のなかで語られている、死者についての表現を通して触れられた。いうまでもなく、家族の一員に「死」という事態が起これば、家族はそれまでとは異なる大きな試練を受ける。平穏無事の祈りとは異質な恐怖や不安にも苛(さいな)まれるし、なによりも信頼していた関係が崩壊する危機をくぐらざるをえない。そして愛する人を失った喪失感から、亡き人をいつまでも求め続けて、出会えない寂しさをなにか見えない世界に託して、そこにおいて形のはっきりしない情念の出会いを期待する。
 芹沢さんは、「手紙四」と「銀河鉄道の夜」を使いながら、さらにそのなかに「宮沢賢治は、亡くなった友やきょうだいを尋ね求めることはむだだと、『手紙四』や『銀河鉄道の夜』(異稿)のなかで記した。……カンパネルラを探すことはむだだという箇所を、なぜなら生きとし生けるものは、みな昔からのおたがいのきょうだいなのだから、と記している」(『死のありか』15頁)という点を取り上げ、『歎異抄』の「一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり」(第5条)とかさねて、宗教的ないのちの連帯において、家族エゴを超えた人間関係のつながりが回復される場合のことに言及された。
 現代の社会が失っていきつつある、人間の深い信頼と連帯への、なにか大事な、そして難しい課題を示唆されたことであった。(2004年6月)
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