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濁浪清風
親鸞教学の現代的課題――――生まれ直しの思想(6)

  善導の「横超断四流(おうちょうだんしる)」の文を、親鸞が「信巻」で取り上げている意味を考えている。この文が、「信の一念」に含蓄される本願の利益(りやく)を表すと、親鸞はいただいた。であるから、同じく「信巻」に引用されている『般舟讃』や『往生礼讃』の文の意味も、「信の一念」のうちに開かれる宗教的実存の象徴的表現であると見るべきであろう。そうでないなら、ここの『般舟讃』の意味を、「浄土に、信心の人のこころ、つねにい(居)たりというこころなり」と『御消息』に書き表すことはできないからである。
  しかし、現実にわれら凡夫(ぼんぶ)がいかに努力しようと、煩悩を突破して「生死流転(しょうじるてん)」を超えるなどということはできない、と思う。だから、今生はやむをえず流転するしかないけれど、来生こそは生まれ直して「平和で安心な」生活をしたいというのが、浄土教の意図である、という考えが圧倒してくるのである。
  この常識的思想傾向は、人間の自力の執心の深さからきている。だから、親鸞は、自力を「竪(しゅ)」として表象し、願力回向の信念は「横」という方向の宗教心であることを表そうと試みられた。一般的な信条を支える考え方が、竪であるとするのは、一歩一歩、山に登るように上昇するというイメージが自力を表象して説得力があるからである。ところが、願力を「横」で示すことが、われらには了解しにくいのである。
   これを「正信偈」の「獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣(信を獲れば見て敬い大きに慶喜せん、すなわち横に五悪趣を超截〔ちょうぜつ〕す。」の文で考察してみよう。「獲信見敬」は、真実信心を獲得(ぎゃくとく)することを表している。本願成就の「信心歓喜(かんぎ)」と同時に、そのことが「うべきことをえてのちに、よろこぶ」ことでもあるから、「慶喜」というのだと言われる。
   「歓喜」は「うべきことをえてんずと、さきだちて、かねてよろこぶ」とされ、凡夫が涅槃(ねはん)に関わる在り方を「歓喜」で表すとされる。この面は、一応われらの分限から、了解しやすい。ところが、「慶喜」が、「うべきことをえてのちに」よろこぶということが、凡夫には納得しにくいのである。
   “横さまに超越する”ということは、竪の方向にはまったく動くことを求めないと覚悟することである。煩悩を障碍と思ってこれを取り除くことが、竪の課題であるなら、そのことを願力に任せることで、「名号不思議の海水」の功徳をいただくのである。「衆悪(しゅあく)の万川(ばんせん)帰しぬれば 功徳のうしおに一味(いちみ)なり」と言い、「逆謗(ぎゃくほう)の屍骸(しがい)もとどまらず」と言われるような、「海」のはたらきに帰入して、自力の発想を捨て去るとき、即座に与えられる功徳が「横超」なのである。それを流転の「五悪趣」を「即ち横さまに超截」するというのである。(2015年3月)

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