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濁浪清風
場について(9)
 願心(衆生を救済せずには、自己自身をも成就しない)ということは、永劫(ようごう)にはたらき続けて疲れることを知らない精神であろう。この形の無い願心が、愚かな衆生に接するための方便として、「名号(みょうごう)」という形を選び取る。その名号の意味の中には、したがって浄土として荘厳(しょうごん)された願心の形のすべてを呑み尽くしている。だから、万善万行(まんぜんまんぎょう)を摂(せつ)しているといわれるのである。そのことを端的に示すために、親鸞は名号を「大行(だいぎょう)」であるといい、その意味を表して「この行(ぎょう)は、すなわちこれもろもろの善法(ぜんぽう)を摂し、もろもろの徳本(とくほん)を具(ぐ)せり。極速円満(ごくそくえんまん)す、真如一実(しんにょいちじつ)の功徳宝海(くどくほうかい)なり」(『教行信証』「行巻」、『真宗聖典』157頁、東本願寺出版部)という。
 天親菩薩の『浄土論』の仏の功徳を荘厳する中に、「不虚作住持功徳(ふこさじゅうじくどく)」と名づけられたものがある。「観仏本願力(かんぶつほんがんりき) 遇無空過者(ぐむくかしゃ) 能令速満足(のうりょうそくまんぞく) 功徳大宝海(くどくだいほうかい)」(『真宗聖典』137頁)と詠(うた)われている一句である。この功徳を親鸞は、たびたび取り上げて注釈される。和讃にも「本願力にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水(じょくしい)へだてなし」(「天親讃」『真宗聖典』490頁)と讃(たた)えられている。
 この功徳の意味と、先の名号についての言葉とを照らし合わせてみると、親鸞が信心によって衆生が獲得する功徳を表そうとするところが少し見えてくるのではないか。すなわち、浄土として彼方(かなた)に表現する願心の意図は、名号として此方(こなた)に回向(えこう)してくるはたらきと別ではないのだ。この願心の意図は、願力としてはたらき続けていて、それに値遇するものに、たとい煩悩の濁水に沈没(ちんもつ)していようとも、その凡夫の身に功徳の宝海を注ぎ込まずにはおかないのだ、と。
 願心を場として荘厳する意志は、人間の言葉となって衆生の煩悩の濁水を転じ続けるのである。空間を突破し、時間を破って、苦悩の現場に願心が現れ出る形が名号だということであろう。それに気づくことなく苦悩に沈むわれらには、純粋清浄の願心は未来からの光明として、永劫に待ち続けるしかない。しかし、もし気づくなら、すでに兆載(ちょうさい)の昔より、彼岸からこの世に名号を通してはたらき続けていたのだ、とうなずけるということであろう(2006年8月)。
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