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濁浪清風
生きている「場」の展開(5)
 正定聚(しょうじょうじゅ)に住することを、「住不退転(じゅうふたいてん)」ともいう。退転しないという位に立つということである。これに対して、退転の危機をいつも感じながら生きているのが、我ら凡夫であろう。何かに向かって生きていこうとするとき、時間とともに、また状況の変化とともに、初一念は忘れられていく。ものごとを実行するには、初一念に帰れということが言われるが、その初めの頃のういういしい感動や意欲が、この世の濁流の中を生きる間に雲散霧消してしまうのである。だから、仏道への志願を失うことのない環境を浄土において与えよう、というのが「即得往生(そくとくおうじょう) 住不退転」の本来の意味であろう。
 ところが、親鸞は現生に本願の信心を得れば、「不退転に住する」ことを得るのだという。だから、住正定聚と住不退転は、同義であるというのである。このことをはっきりと見定めたのは、本願成就の文の「至心回向(ししんえこう) 願生彼国(がんしょうひこく) 即得往生 住不退転」とある「至心回向」の意味とはたらきとに、自力の回向を破って起こってくる「本願力回向」という根本的な意味を発見したからだったのであろう。
 本願成就の文を、前半は「本願信心の願成就の文」といい、後半を「本願の欲生心(よくしょうしん)成就の文」という。「聞其名号 信心歓喜 乃至一念(もんごみょうごう しんじんかんぎ ないしいちねん)」が前半であり、「至心回向 願生彼国 即得往生 住不退転 唯除五逆・誹謗正法(ゆいじょごぎゃく ひほうしょうぼう)」が後半である。この後半の文の意味を読み解いて、親鸞は「現生(げんしょう)正定聚」ということを明白にしていったのである。欲生心を如来招喚(しょうかん)の勅命であると感受するのは、我らの意欲より深く大悲が歩み続けて、我らの意欲を転換させるまでに成長するということであろう。如来回向の欲生心が成就するとき、我らの聞名の生活には、「願生彼国 即得往生 住不退転」の事実が、一念の信心(信の一念)の中に、すでに成就してきているのだ、と親鸞はいただいたのである。それで、現生に「不退転」が成り立っていると信受することができるのである。
 しかしながら、闇夜をさまよう迷没の凡夫に、浄土の功徳である「正定聚」・「不退転」が事実として与えられるということは、教義学として主張するのみではほとんど意味がない。現実の苦悩の生活に、どうして如来の救済が届いていると言えるのか。それには、信の一念の内面の構造を少し掘り下げて考察することが要求されると思うのである。(2009年10月)
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