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濁浪清風
「願に生きる」ことと「場所」の問題(7)
 「『五濁(ごじょく)の世、無仏の時』において仏道を求むるを難とす」(取意)と曇鸞(どんらん)は言う。我ら末代濁世を生きる者には、この時代的な難を突破できる条件はますます欠落して来ている。合理的発想によって生きる場を物象化していく方向が、顕著だからである。つまり、すべてを合理的に計算できる価値に換算し、さしあたって計算できないものは見捨てていくような視座が一般化することにより、生命連鎖を成り立たせている大きな生命空間が忘れられていっているのである。
 菩薩道が課題とする「自利利他」ということは、生命の本来のあり方が「自利利他」において満足が与えられることから来ているのだと思う。存在の根源において大なる慈悲で包んでいる生命連鎖が忘れられ、人間の生活に都合の良い合理的な場所を追求することで、「我利我利(がりがり)」の欲求肥大の組織が幅をきかし、結局は人間自身も孤独な空間へと退化させられていっているのである。
 曇鸞が五濁における五難(ごなん)を出して、最後に「ただこれ自力にして他力の持(たも)つなし」と言うのだが、その場合の「他力が持つ」はたらきとは、この合理的な人間理性の眼には見えない生命空間の背景のようなものをいうのであろう。古くは「天命」というような言葉で呼びかけてきた人間を超えたところからの大きなはたらきは、あらゆる生命存在の背後にある大きな見えない空間のごときものを表すのであろう。これは理性の感覚には映らない生命連鎖の深みとでもいうしかない事柄なのではないか。こんな言い方をするからといって、小生は心霊学のような神秘的なものを主張するのではない。我らが生きている事実は、決して自己の理解している範囲の関係や圧力や条件だけで成り立っているのではないことを言うのである。
 端的に言うなら、生まれるのも、死んでいくのも、合理性の枠には入らない。生きている自己の精神力も、周囲との関わりと無関係に起こるものではない。現代社会のあらゆる組織の中での一番切実な問題は、やはり人間同士の関係の難しさだといわれている。この人間関係を支えている精神空間が、「自利利他」という課題を生み出し、またその方向において人間の使命感とか存在の意味とかが、生きている人間存在を大きく支えたり、励ましたりするのではないか、と思うのである。
 人間の関係も、集合体としての組織同士の関係も、いつでも融和的であるとは決して言えない。常に闘争や奪い合い、時には殺戮(さつりく)に至るような紛争が絶えない。それは根底には生きるということが孕(はら)んでいる「自害害彼(じがいがいひ)」の罪悪性を脱出できないからなのではないか。このことを自他ともに自覚しつつ、本来の方向たる「自利利他」を取り戻すべく、自他ともに自己教育の道を歩んでいこうではないか、と呼びかけられているのだと思うのである。(2010年12月)
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