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濁浪清風
「願に生きる」ことと「時間」(2)
 関東地方には、東日本大震災の余震がまだ時折きている。予報では、これからさらに大きい余震がくる可能性も言われている。大津波による原発の事故は、30キロ圏の人々の立ち退きを強制し(一部、圏外の地域も含めて)、広大な範囲の放射能汚染が人々の生活を圧迫している。この世を生きるということにつきまとう「想定外」の現実が、ここにこれをこそしっかり見据(みす)えよという事実として、すべてを想定内のことにしようとする人間の傲慢(ごうまん)な知性を、はるかに越える現実があることの厳しさを突きつけている。
 こういう情況にどう対処するべきかという問題意識は、困難な現実を生きていくことにとって切実でもあり切迫しているであろう。その点では、被災地のできる限り速やかな復興に向けて大きな協力が動員されて、新しい共存在への志向が成り立っていくことを切に祈念せずにはいられない。
しかし、それがいわば対症療法的に現実をかいくぐることのみにかまけているならば、この大災害からわれら人類に与えられた深遠な宿題を見失ってしまうのではないか。たとい震災前の状態であっても、有限存在の不安や情況存在のやりきれなさがあったのだから。人口流出による高齢化や固定化した流通システムの矛盾などがすでに厳しい生活への圧迫となってもいたのであろうから。この困難な事情にあってこそ、その根底にある根本問題の重さに目を開いて、人と人が本来の存在の尊さを確保しつつ、お互いに信頼しあえるような「共に生き、互いに前後しつつ死んでいく身」を、感謝して捧げていけるような場を生み出していかねばならないのではないか。
 曇鸞(どんらん)は「有後心(うごしん)・有間心(うけんしん)」に依止(えじ)しているのが、この濁世の罪業の生活であると言う。たしかに「まだ後の時間」があるからこそ、どうしていこうかという心配があるのだし、「時間にまだ余裕があり、間柄のつきあいもある」からこそ、私たちの生存に関する配慮も、多岐にわたっての重層的重苦しさになってくる。
 これに対して、真実の解放された生活をもたらす「信心」には、「無後心(むごしん)・無間心(むけんしん)」に依止するという決断が必要なのだという。蓮如上人が「後生(ごしょう)の一大事」と言われているけれども、その言葉の宗教的内実とは、この「無後心・無間心」に立つことの大切さなのではないか、と思う。われらは有限の時間・空間を生存の限定として生きている。この有限の条件のなかに、毎日の暮らしの日常的諸問題が山積してくる。しかし、特に大災害のような非常事態に襲われると、有限の条件の外部から大きな問題がくるように思われてしまう。そのときに、日常的諸問題の事態に復帰することが第一義的な課題になってくる。もちろん、日常生活の大切さが奪われるのであるから、それを取り戻すことが、最大関心事となるのは止むを得ないのだけれど、この延長上には決して「後生の一大事」への関心の開けはないのではないか。(2011年7月)
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