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濁浪清風
宿業を大地として(9)

  法蔵菩薩の兆載永劫(ちょうさいようごう)のご苦労は、「自身は現に是(こ)れ罪悪生死の凡夫、曠劫(こうごう)よりこのかた、常に没(もっ)し常に流転して出離の縁あることなし」という機の深信を惹起(じゃっき)する。この機における常没常流転の自覚表現は、法蔵願心を親しく凡夫に感受させずにはおかない。親鸞が「遠く宿縁を慶(よろこ)べ」と言われるのは、自身には宿業の深さがあるにもかかわらず、大悲の願心は救済を願い続けてきたのだ、と感じ入ったからである。

  曠劫の流転を、一念の信心において断つということは、日常性から宗教的生活に、罪業深き生活から大悲の光明海に帰入することを表すのである。帰入が本願力からの勅命によって、凡夫に発起する。そのときに、凡夫の流転の生活を背後にし、回向の願心を前景にして、言うならば、時間軸を転換するのである。

  流転の時間の延長に未来を見る場合には、昿劫の流転を竪(しゅ)に超えようとすることになろう。その視線からは、凡夫の超越は濁世(じょくせ)で果たされるはずがない。したがって、命終のときまで光明の世界は開かれないであろう。自力の努力の果てに光明の報土を夢見るのは、宿業の深さの自覚が足りないからである。流転に昿劫以来という質を見届けるなら、この無明の業を果たし遂げることなど不可能なのである。まさに出離の縁などないのである。

  衆生の曠劫に流転しきたれる宿業を、法蔵願心が見据えて、この流転の闇に突入する。そのことが、本願成就文には「至心回向」と表現される。この願心が闇へ突入する事件を、親鸞は「欲生心成就」と感得したのである。しかも、本願成就文の真ん中に、「至心回向」が入ってくる。これは、「聞其名号 信心歓喜」には一念の時が存することを示し、その一念の時を成立させる原理を「至心回向」と表してきたのである。これによって、如来の回向に凡夫が帰入することが与えられ、信心歓喜が引き起こされ、その歓喜には時間軸を転換させずにはおかない大慶喜が付随するのである。

   歓喜は「得べきことをえてんずと、さきだちて、かねてよろこぶ」と言われ、慶喜は「得べきことをえたりとよろこぶ」と言われる。この喜びの前後の転換は、信の一念の内面に与えられる転換であり、闇から光りへの転換である。ここには、本願力との値遇(ちぐう)によって成り立つ光明摂取の生活空間が開示されている。法蔵願心が無明の闇を破ろうとすることによって、常没常流転の凡夫の闇が切り裂かれ、願心に値遇する瞬間の明るみが開かれる。欲生の勅命が闇に突入するとき、凡夫には流転を背にして勅命が聞こえるのである。「獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣(信を獲れば見て敬い大きに慶喜せん、すなわち横に五悪趣を超截〈ちょうぜつ〉せり)」(正信偈)と言われるのは、一念の信心の前景に光明の広海が与えられ、後景には流転の闇が自覚されることを表現しているのである。(続く)(2017年2月)

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