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keyword:個人、衆生、救い
Vol.173 「個人的な救い」から「十方苦悩の衆生の中に自己一人(いちにん)を感じる救い」へ 親鸞仏教センター嘱託研究員 菊池 弘宣
 
たとい大千世界に
 みてらん火をもすぎゆきて
 仏の御名(みな)をきくひとは
 ながく不退にかなうなり(「浄土和讃」『真宗聖典』 481頁)

 たとえ世界が憎悪で渦巻き、火の海と化したとしても、必ず乗り超えていく道筋がある。本願の名号・南無阿弥陀仏の義(いわれ)をよく聞き、信受する念仏者は、「個人的なさとり(救い)」にとどまるのを、永久に放棄する。自分自身を尊び、縁ある者を尊んでゆく。果てしない道を共に、きっと必ず歩んでゆくのである。
 このご和讃は、お釈迦さま・親鸞聖人からわれわれに向けての、激励のメッセージであると言える。

 世界の状勢に目を向けると、北朝鮮の核開発、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を巡って、アメリカ及び同盟国である日本・韓国との間に、一触即発の緊張関係が続いている。
 イスラム過激派組織、IS(「イスラム国」)を巡っては、主にシリアやイラクで、今なお激しい戦闘行為が行われている。また、フランスやイギリス、スペインなど欧州諸国で、フィリピンほかアジア地域においても、ISの犯行声明による残忍なテロ行為が、繰り返されてきてもいる。
 しかし、いかなる理由があるにせよ、紛争を解決するのに暴力的破壊行為に訴え、いのちを傷つけ殺害することは、存在の本来性・尊厳性に悖(もと)る間違いであると思う。深い痛みを宿す歴史を担った日本国民は、そう言い続けてしかるべきだとも思っている。

 ただ、考えなくてはいけないことは、その根本のところに「疎外」という問題がある、ということである。それは、周囲から疎外されている、疎外感・孤立感とも言えるであろう。疎外を感じる心が、その周囲を不信し、嫉妬や忿怒(ふんぬ)、憎悪へ、怨(うら)みへ、復讐の念へと歪んでいき、限り無く増幅していくのだと思う。はじめ疎外を感じ、否定を受け続けた後、ついには背を向けて反逆する者に成っていく。その負のスパイラルこそ、本当に解決していかなければならない一人一人の主体的問題なのである。
 そしてもう一方で、その「疎外」をもたらす周囲の「内輪的閉鎖性」という問題が、そこにあると思わずにはおれない。それは一言でいえば、「自分と自分の周りさえよければそれでいい、他は潰れてもかまわない」ということである。その本には、「自分一人たすかりさえすれば、それで満足」という意識がはたらいていて、それが連鎖し、凝り固まったものであるのにちがいない。

 「内輪的閉鎖性」それは、普(あまね)く宗教に関わる者の陥る問題だとも思っている。それを大乗仏教の文脈に、冒頭のご和讃のこころに照らし合わせると、「不退(転)」とは真逆の「成仏道から退転する」という極めて致命的な問題である。そのことを「小乗仏教のさとりにとどまる」、すなわち「二乗の地に堕す」ともいい、共に生きている者との関係を切り捨てる「菩薩の死」であるといわれ、真に恐るべきことである。その「自分一人たすかりさえすれば、それでいい」という「個人的なさとり(救い)」にとどまっていることが実は、もめごと・紛争を生み出している重大要因とはいえないであろうか?

 われわれ自身の生活の実相といえば、この「疎外」と「内輪的閉鎖性」との間を、繰り返し、往き来し続けているように思える。私自身、身を以ってそのことを実感してもきた。われわれの具体的な生活現場は、世界の縮図であると言える。そしてまた、一個の人間の内にその縮図が、そのまま宿されていくのである。その矛盾対立する双方の、共に救われていく道が明らかにならないことには、問題の抜本的な解決にはならないであろう。
 今あらためて、私自身の抱える「内輪的閉鎖性」が、これまで「個人的なさとり(救い)」を躍起になって求めてきた姿が、今なお、そこにすがろうとする在り方が、問われてきている。

 諸仏・善知識の讃嘆する名号・南無阿弥陀仏の義をよく聞き、念仏の信心をいただく。すなわち、阿弥陀仏の因位・法蔵菩薩の十方衆生の救いを誓う、自利と利他とが完全に円満する、麗しい願心荘厳の世界を憶念する。自らが思い破れ、私自身どこまでも、「我が心、自身に貪着する」強欲に溺れ、腐りゆく凡夫のままに。また、怨憎の炎に焼かれ、反逆し堕ちてゆく、罪深く悪重い凡夫であるがままに。
 その凡夫を深くいたみ、「どうしても本来の願い・往生、成仏の一道に立たせたい」という如来大悲の本願のはたらきをたのむ。すなわち、「至心回向したまえり。かの国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得、不退転に住せんと。唯五逆と誹謗正法とを除く」と。
 本願の名号・南無阿弥陀仏という呼びかけとして具体化する、如来の勅命としての真実の欲生心が回向されるのを信受する。だからこそ、浄土を願生し、即ち往生を得る。現生において正定聚の位に住し、不退転地に住する。必ず無量光明土に至り、必ず滅度に至る。
 現生において、大涅槃を証する真因を得る。必ず光あふれる仏に成る世界に還帰していく。

 その南無阿弥陀仏という自己決定・自己確認を通して、同一に願われている十方一切の苦悩する衆生各自の救いを、自己一人(いちにん)の信のところで感じ、その内に受け容れ摂めていく。
 自利利他円満している摂取不捨の光輝く救いの世界を、如来大悲の本願力を新たに仰ぐ。そこを立脚地とさせていただき、どこまでも、見失うかたちで背いていることを恥じつつ、傷みつつ。成果や評価、できたとかできないとか善し悪しに執われていく「自力のこころ」を立場とするのではない。「本願他力の信念」に依って、自己の外なる世界へ一歩足を踏み出す、「衆生」として開かれていく関わりを大切にする。
 以上、私自身の信仰課題として、ここに明記させていただくこととする。

菊池 弘宣(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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