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「現代を生きる人々」と対話するために
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keyword:つながり
Vol.01  私が「今」生きていることは、「現代」という社会あるいは時代と、どこかしっくりこない気がする。「現代人」、「現代思想」・・・そういう言い方は、何か堅苦しくてよそよそしい。考えてみると、そういう表現には直接自分で触れられない世界を含んでいて、人ごとのように眺められる、そんなニュアンスがある。そもそも、ことさら身構えて、「現代とは」と考えなくても、自分の今の生活には何ら不都合はないというのが正直なところだ。そんなものは、切り離して考えてよい。そのほうが安全だ。どんなに、迫真の映像であっても、ブラウン管の向こうのイラクの戦火が、自分に飛び火することがないかのように生きている現実がある。
 しかし、本当はさまざまな問題が、自分が生きていく上での不安という形で関わり、等閑視(とうかんし)しているわけにはいかないところまできている。それどころか、不都合なものを客体化し、自分から切り離していくことで、いつのまにか、それを眺めていられるはずの自分自身が痩(や)せ細って、下手をすれば、いつでも誰かから切り離されかねない、危うい存在になってしまった。遠く、過去の話になったはずのイラクの戦火は、そんなわれわれの姿を今もあぶり出し続けている。関係がないように見えて、実はつながっている。
 作家の辺見庸氏は「今は、“切り取られた今”ではあり得ない。“連綿たる過去からつながる今”、つまり、過去を帯のように引きずって、今現在もにじませている。そういう今でしかない」(当センターの研究会から)と語られた。そういう現在と過去とをにじませて、われわれの未来もあるのだろう。
 仏教で、〈浄土〉が説かれたのは何故か。ある人は西に実在すると信じ、ある人は観念であると言い、ある人は現代を譬(たと)える神話として解釈し、ある人は古い作り話だと切り捨てる。形はどうであれ、一度〈浄土〉を問い、触れなければ、その答えは出ないはずだ。たんなる「あの世」でも、「この世」の延長でもない〈浄土〉。その教えは、一見生活の上ではほとんど無意味なものに思えるが、そこに触れ、つながりを求めて問うことで、自分を豊かにする可能性を無限に秘めている。そういった意味で、だれであれ〈浄土〉をにじませ、連綿とつながる存在なのだと思う。
 私にしてみれば、にじませているはずの〈浄土〉を、自分のなかに見出し、表現しうるのか。そういった眼差(まなざ)しを持って、私を回復する試みを始めたい。関わりを通じて見えてくる、自分自身の姿。それを、仏教の眼が教えてくれているのだ。

櫻井智浩(親鸞仏教センター研究員)

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