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Vol.05  あなたは道草をしたことがありますか?
 夏の終わりの東京……都会の道端にもたくさんのセミの死骸がころがっていました。
 一昔前は、学校帰りに見つけたセミの死骸のまわりに座り込んで、いろいろと話をしている子どもたちの姿を見かけました。その夏かぎりの短いいのちを100%生き切ったセミにいのちを感じたりもしたのでしょう。また、そういう子どもたちの輪に大人たちが入って、子どもたちと語り合っている光景が多少なりとも見られました。道草のなかに、思いもかけない出遇(あ)いがありました。そこには、人と人とのつながりがあったり、いのちについて学んだり、感動や驚きがあったように思います。
 ところが、現在はどうでしょう。セミの死骸などにかまっていられない、道草など食っていられない人間の姿だけが浮き彫りにされるようです。セミの死骸は気づかれることもなく、人に踏まれたり、自転車にひかれたりしてペシャンコになっている、夏の終わりの東京の光景がありました。
 現代は、業績主義・能率主義が唯一の価値観のようにはびこっています。そして大切ないのちの問題、生き方の問題はどこかに追いやられてしまったように感じます。道草は許されず、非能率的なものは無価値と切り捨てられてしまいます。ところが、老・病・死の事実の前には、この価値観はまったく間に合いません。にも関わらず、この価値観を捨てきれずに生きています。その結果、極端に視野が狭められ、直線的にしか生きざるを得ません。何とも生き苦しい生き方です。
 詩人の星野富広さんは、

  花がきれいですねえ 誰かがそういって うしろを過ぎて行った
  気がつくと目の前に 花が咲いていた 私は何を見ていたのだろう
  この華やかな春の前で いったい何を 考えていたのだろう
(詩画集『鈴の鳴る道』 偕成社から)


とうたわれています。
 今までの自分のあり方に対する深い懺悔(さんげ)が感じられる詩です。道草とは、まわりに眼を開くということです。何の変哲もない生活のなかにも、存在の重みを感じ、生きる意味の回復を促す宝物がたくさんあふれているのです。
 親鸞聖人は、たくさん道草をした代表的宗教家だと思います。どんな時代にも、その時代の価値観があり、それに縛られて苦しむのが人間です。そういう生活であっても、道草をしながら、いのちが回復される方向性をもって生きた念仏者が親鸞という人です。
 さあ皆さん、道草をしましょう! 今こそ、道草のすばらしさを取り戻しましょう。

本多雅人(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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