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Vol.10  普通に、人並みの暮らしをしたい。そういった漠然とした願望は、誰でももっているものでしょう。人を陥れてでも、自分が一番になりたいといった大層な野望に較べれば、そういったささやかな望みは、罪のないもののように思えます。
 しかし、「普通に」ということが、並々ならぬ努力によって獲得されてきたものであることを、最近教わりました。あらゆる人を、「一(いち)」と見なし、それ以上とも、それ以下とも見ない−イギリスの思想家ベンサム(1748〜1832)の理念が、現代社会の礎(いしずえ)となっていると言います。その理念のもとに、実現したものの一つが、普通選挙でした。社会の不平等が当たり前だった当時、それはラディカルな主張でした(大阪大学大学院教授鷲田清一氏をお招きしての研究会から)。パラドキシカルですが、「普通」であるということは、社会状況から言えば普通ではなかったのです。
 ひるがえって現在、その理念の実現は、しかしまだ道半ばと言ったところでしょう。その無軌道な振る舞いで世間をあきれさせた、ある有名大学のイベントサークルの一員は、自分たちの欲望任せの性暴力を「みんながやっていることだから、フツーでしょ」と、そして被害者となった女子学生も、「フツーに悲しかった」とのべ、記者をあきれさせたと言います(週刊文春)。記事では、「フツー」とカタカナで表記してあるのが印象的でした。
 なぜ、記者はカタカナ表記にしたのでしょうか。それは、彼らの言う「普通」が、記者のもっている「普通」の語感と一致しなかったからでしょう。記者にならって表現するならば、「フツー」になった「普通」は、「不通」に通じる。やがては、こんな言い方はないけれど、他人の痛みに鈍感な「不痛」に転じるのではないでしょうか。それは、彼らのみならず、われわれ一人ひとりに伏在している問題なのではないでしょうか。
 やはり、ベンサムが目指したものの追求を怠るわけにはいきません。しかし、それが理念であり、何ものでもなかったものを「何か」として「見なす」ものであるかぎり、そこには、一方で「見落とされる」ものがある。理念に生きながら、それに対する批判的な眼をもつ。難しい問題ですが、その「見落とされる」ものへのまなざしを、私は忘れないようにしたいと思います。

櫻井智浩(親鸞仏教センター研究員)

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