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Vol.106 記憶と物語 田村晃徳
 

私だけかもしれないが、「何周年」という言葉に弱い。それはこれを機会に、何かを考えてみようという気になるからである。例えば親鸞仏教センター付近では、街に「森鷗外 生誕150年」の案内が多く出されている。これも、私に鷗外について考えさせる契機となっている。過去に読んだ本は何であったかなど、自分のもつ鷗外の記憶を掘り起こすのである。つまり、「何周年」という記念すべき事実が、自分の記憶の再発見、再構築につながっているのである。
 あの震災から1年が過ぎた。この事実は誰にとっても変わらない。しかし、その感慨はそれぞれに異なる。もう1年、まだ1年、何もかもなくした1年、何が大切か明らかになった1年、そして震災を意識することなく過ごした1年。人の数だけ、思いも散らばる。
 不思議な話だが、私自身は自分が被災の当事者になったことを、いまだに信じられない瞬間がある。もちろん、そのような思いはすぐに消して、自分の周りにある現実を見ようとする。しかし、それでもある種の夢見心地のような気にとらわれるのは、現実を見たくない意識がまだどこかにあるのだろう。現実を見るのは、必ずしもいいことではない。
 震災1年後の今年は、まだ周囲の関心も高いだろう。しかし、5年後、10年後については誰も予測できない。忘れてはいけないことでも、人は忘れてしまうことがある。それは、記憶をとどめるためには、ある種の戦いが求められることを意味する。
 3月11日はこれからも「あの日から〜年」というかたちで語られていくだろう。それは記念として震災が語られていくことだ。しかし、3月11日は決して思い出にしてはならない。その日を、今年から家族の御命日として迎えた方も多いだろう。それは、なぜ家族が亡くならなければならなかったのか、という答えのない問いと共にある。大きすぎる現実に、私たちは呑まれたままである。
 精神科医のレインは「アイデンティティとは自分が自分に語る物語である」と言った。私たちが、3月11日を戸惑いのなか迎えるのであれば、それは自分に語る物語がまだ見つけられないのだろう。記憶と物語。まだ、ストーリーは見えない。

田村晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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