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keyword:フェリーニ、自由
Vol.109 サテリコン 越部良一
 

ビートルズの公演旅行はフェリーニの『サテリコン』のようだった、とジョン・レノンはビートルズ解散まもない頃のインタヴューで語っている。もうだいぶ以前、そのインタヴュー本を目にして面白く感じたのは、TVや映画館でいく度か見ていたこの映画に、心を止める者など私以外にいるものだろうかと思っていたこともあるのだろう。
 これは1969年に製作された、古代ローマの「酒池肉林」の映画である。DVDのネットショップのレビューを見ると、気持ち悪いだけの映画だと言っている人がいる。その一方、フェリーニの最高作だと言っている人がいる。安かったのでさっそく買って見てみた。なるほど気持ち悪い。首は飛ぶわ手首は切られるわ死体は焼かれるわ。この映画を見るよう薦(すす)めるために私がこの文章を書いているのでないことは確かである。
 だがラスト近く、自分の死後、その屍肉(しにく)を食らった者には莫大な遺産を分け与えるという遺言にしたがう者たちのシーン(こう書くとこれもまた気持ち悪いのだが、映像自身は砂塵(さじん)舞い上がる強風の中、口をもぐもぐさせているだけである)にきて、この映画がただ気持ち悪いだけの映画でないことも確信することができた。
 映画とは私にとってストーリーでも美男美女でも主義主張でも涙でも笑いでもない。映像の動きである。より正確には、映像の動きが何ものかの象徴と化すこと。しかし、この「何ものか」とは何なのか。
 かの遺言を残すことになる初老の自称詩人と、主人公の青年とが、喧騒の夜を過ごした翌朝、朝もや立ちのぼる砂漠に二人して寝ころび、青年は仰向けになって手を高く上げ、そして静かにおろす。その手の動きが大写しされるシーンを映画館で見たときの驚きが何であったのかを、もちろん私はいまだ掴(つか)みかねているのだが、そう、それはあえていうなら自由への希求の象徴だった。
 このDVDの作品紹介には、「キリスト教導入以前」、「まだ倫理観が確立される前」のローマというような状況説明がされているが、不適切である。映画中で、かの自称詩人が弁じ立てているように、これは失われたギリシャ(及びその相続者ローマ)であり、つまり「前」ではなく「後」なのだ。それが西洋においてはキリスト教以後たる現代に重ねられる。
 死者の肉を食う者は言う。「ほんのちょっとの間、気持ち悪いのをがまんすれば、あとはずっとうまい物が食べられる」。しかしこの映画はこう語っているのだ。ずっとうまいものを食べ続ける中でも、その底に流れる気持ち悪さは決して消えることはないだろうと。

越部良一(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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