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keyword:原発事故、二分法、不確実性、メディア
Vol.110 「イエスかノーか」を超えて 常塚聴
 

先日、高校時代のクラスメートから手紙が届いた。今年、久しぶりに同窓会を開いて旧交を温めようという内容だった。もう長いこと顔を合わせていない仲間たちの顔を思い出し、今はどうしているのだろうか、と懐かしい思いに浸っているうちに、受験生だったころの自分のことが、ふと脳裏によみがえってきた。
 たいていの人がそうであるように、私は受験生時代というものにはあまりいい思い出はない。だがそのなかで、私がひときわ印象深く記憶しているのが、一冊の小論文の参考書のことである。
 高校の授業には小論文という科目はなかったので、私はほとんど独学に近い形でその参考書を頼りに受験勉強に臨んだのだが、その参考書の要点はたった一つ、それは「問題を『イエスかノーか』で答えられる形に置き換えよ」ということだった。例えば「地球温暖化について述べよ」という課題であれば、「地球温暖化について私はどう考えているか」ではなく、「地球温暖化に先進国は責任を負うべきか否か」というような、「イエスかノーか」で結論が述べられるかたちに問題文を読み替えて解答せよ、というのである。その読み替えによって、短い時間と限られた字数で、明確かつ論理的に自分の主張を提示することができる、というのが、「小論文のコツ」であった。私はそれを生かし、無事に小論文の試験をパスすることができたのである。
 この「イエスかノーか」式の論理の組み立て方は、その後もたびたび役に立った。自分の主張をさまざまな資料から組み立てて論文を執筆する場合でも、「イエスかノーか」という問いを積み重ねていくことから、最初ははっきりしなかった論旨を次第に明確な形にしていくことができた。自分の考えが「イエスかノーか」でまとめられ、きれいなかたちになっていくのは、ある意味での快感でもあった。
 しかし、現実の社会の問題と取り組んでいくようになると、この「イエスかノーか」式の思考法には何か限界があるのではないか、と漠然と考えるようになった。その思いが決定的なものになったのが、東日本大震災と、その後に発生した福島第一原子力発電所の事故である。
 「原子力発電所の事故をどう考えるか?」という問いを、「イエスかノーか」という問いのかたちに落とし込むことは、形式的には可能である。しかし、例えば「人間には原子力という力を所有することが許されるのか?」というかたちで、「イエスかノーか」式で問いを立てたとしても、その問いは、即座に壁に突き当たってしまう。放射性物質の危険性は、その物理的特性からいって「確率的」にしか示すことができない。「これは危険か?」という問いに対して、科学的に確実に「イエスかノーか」で答えることはできない。ましてや、「原子力は倫理的に正しいか?」と問われたならば、「技術の進歩は多くの人の命を救うかも知れないが…」「しかし同時に、新たな技術はそれよりはるかに多くの人の命を危険にさらすかもしれないが…」と、「イエス」と「ノー」のどちらとも言い切ることのできないというジレンマに陥(おちい)ってしまう。これは、その問いの立て方が間違っているからである。現在われわれは、いわば「問題」そのものが「イエスかノーか」式に整理されることを拒んでいるという状況のもとにいるのである。
 今必要とされているのは、この現実そのものを引き受けていく覚悟である、といえないだろうか。実は世界そのものが、原子力発電所の事故があろうがなかろうが、「イエスかノーか」では収まらないものを本質的に抱えていたのではなかっただろうか。はっきりした答えのある世界とは違い、いわば「イエス」と「ノー」の中間の不確実な領域にこそ、現実の真の姿があったのではなかったか。原子力発電所の事故が白日のもとにさらしたのは、現実の世界の不確実さだったのである。
 現在、メディアでは相変わらず「イエスかノーか」式の議論が繰り返されている。しかし、世界が本質的に「イエス」と「ノー」の間にあるとするなら、その議論は非常に危険である。われわれは、「イエス」と「ノー」の間の不確実さを受け入れ、揺れ動き、迷いながらも、それでも考え続けなければならない。
 同窓会の通知には返信はがきが付いていて、「出席」と「欠席」のどちらかを選んで丸をつけて返送せよ、と書いてあった。「イエスかノーか」という問いは、このような場合にのみ有効なのである。もしどちらにも丸をつけずに返送したならば、幹事に迷惑がかかるのは確実なのである。

常塚聴(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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