親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内ブックレビュー
 HOME > 今との出会い
keyword:月
Vol.115 月が好きだ 田村晃徳

 カントは次のように言った。「ここに二つの物がある、それは―我々(われわれ)がその物を思念すること長くかつしばしばなるにつれて、常にいや増す新たな感嘆と畏敬(いけい)の念とをもって我々の心を余すところなく充足する、すなわち私の上なる星をちりばめた空と私のうちなる道徳的法則である」(『実践理性批判』)と。これに対して、私は次のように言う。「私は特に月が好きです」と。
カントの言葉を待つまでもなく、天空に憧れを抱く人は多い。特に2012年は天体ファンならずとも、空を眺めた一年だったに違いない。金環日食をはじめ、数十年に一度という、宇宙が織りなす芸術に心を奪われた人も多いだろう。でも、私は月が好きだ。それも月食とか、そのような特別な姿でなくてもよい。今日、見えている月を見るのが好きなのだ。夜空にひっそりと、しかし、くっきりと浮いている月を見つめることが好きなのだ。
 夏のまぶしい太陽に、心が躍ることはない。そのかわり、きれいな月が出ていると心が落ち着く。躍ることと落ち着くことは違うのだから、比較しなくてもよいのではないか、という意見もあるだろう。そんなことはない。私は落ち着きたいのである。
 仏教と月は案外関係が深い。例えば、「月愛三昧(がつあいさんまい)」というのがある。父である大王を殺(あや)め、母である王妃を牢(ろう)に閉じ込めたことにより悩み、身体に瘡(かさ)ができた阿闍世王(あじゃせおう)のために、釈尊が入った三昧である。経典には、このとき釈尊は「大光明(だいこうみょう)」を放ち、その光を浴びた阿闍世の身体から瘡が癒えたとある。「この光を放ちて先(ま)ず王の身を治(じ)す。しかして後に心に及ぶ」(『教行信証』「信巻」)と経典には述べられている。月の光が人の心身を癒すことを経験で知っていたからこその譬(たと)えであろう。また、月の光が「優鉢羅華(うはつらけ)」という花を咲かせるように、月愛三昧は人に「善心(ぜんしん)」を開くともある。月の光は、人を素直にさせるのだ。
 太陽の光もよいだろう。事実、月の光は太陽あってのものである。ゲーテではないが、人は光を求める。しかし、まぶしすぎる光を、人は直視できないこともまた事実なのだ。だから、光を放ちつつもまぶしすぎず、それでいて光の本源へと人を導く月に私は憧れるのだろう。仏教で言う、真理と方便の関係にも似ている。
 私はこのように思っている。一日の良さを決めるのは、一日のうちに何度心から笑ったかである。しかし、一生の深さを決めるのは、一生のうちに何度心から涙を流せたかではないだろうかと。ひとり、夜に流す涙。その涙も、月が癒してくれるに違いない。

田村 晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

最近の『今との出会い』一覧
Backnember ページトップへ
濁浪清風今との出会いブックレビュー
研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス