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keyword:いのち/食事
Vol.11 牛の履歴書 常塚聴

 先日、私一人ではまず入れないであろう高級な料理屋で食事をいただく機会があった。あるおめでたい席で、私もその末席に連なることになったのである。
 牛肉がいただける料理屋であった。普段ならせいぜいファーストフードの牛丼屋かハンバーガーでしかお目にかかれないので、料理が運ばれてくるのが待ち遠しくてたまらないような気分でそわそわしてきた。
 四、五人は座れるテーブルの真ん中には鉄鍋があるところをみると、どうやら今日は「すき焼き」らしいということがわかるとますます浮き足立ってくるが、いくら末席とはいえみっともないと思い直して、一応は形だけでも紳士らしくと居住まいを正していると、鍋の横に便箋ほどの大きさの紙が一枚、添えてあるのが目にとまった。
 何気なくそれを手に取ってみると、日付や名前や関係者の署名捺印などが記されている。用紙の端には「黒毛和牛/子牛登記」と二行に書いてある。
 するとこれは、いわば「牛の履歴書」のようなものだな、と思って読み直してみると、この一枚の紙には実にいろいろなことが書いてある。
 まず、この牛の名前がある。この牛の生年月日が書いてあり、その横には「種付年月日」が書いてあって「人工授精師氏名」が書いてある。その下には黒々とした模様のようなものが捺(お)してあって「鼻紋」とある。牛の鼻の模様というのは人間の指紋と同じように一頭一頭違うものだと聞いたことがあるが、ということは、これはいわば人間の履歴書なら「顔写真」にあたるわけだろう。
 和牛というのは犬や競走馬のように「血統」というものが大事だということは、この履歴書の大半を占めているのが父・母、祖父母、そして曾祖父にまでさかのぼる血統の記述であることからもわかる。どうも父方の血統のほうに重きが置かれているらしい。四頭いる曾祖父のうち二頭は同じ牛である。この牛はよほど優秀な種牛だったのだろう。  そうしてずっと履歴書を眺めていると、何やらこの子牛に面接でもしているような気になってくる。そうした気分で牛の名前や日付の行列を見ているうちに、妙な気がしてきた。
 面接がすんだら、これからこの牛を食べるのだ。
 これから運ばれてくる牛肉は、ここに運ばれてくる前は生きた牛であり、その牛には名前と生年月日があって、父牛と母牛がいて、さらに祖父母がいて、その曾祖父の名前まで明々白々とこの履歴書に記載されている。
 これからこの牛を食べるのだ。
 もちろん、知らないだけで、いつも食べている牛丼やハンバーガーの牛肉であっても、もとは生きた牛なのは当たり前なのだが、いったんこうして「履歴書」を見せられ、「面接」までしてしまって、これから食べる牛の名前まで知ってしまうと、ものを食べるというのは「いのち」を食べるということなのだということをまざまざと見せつけられたような思いがした。  そうしているうちに、牛肉が運ばれてきた。私の目の前にある履歴書によれば、これは「ふくみ」という名の、2009年9月15日生まれの雌牛の肉である。たいへんおいしい肉であった。あの牛肉は、私の血となり肉となり、そしてまた二酸化炭素などとなって、世界中に散らばっていったことだろう。
 私の手元には、「ふくみ」の履歴書が残った。ひとつの「いのち」がそこにあったということの、確かな証しがこの一枚の紙である。いずれ私も、一枚の紙を残してこの世界からいなくなるのであろう。ただし私の場合、牛と違って誰かの腹を満たすというわけにはいくまいが。

常塚聴(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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