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keyword:自分らしさ、貪欲、空過
Vol.120本当に良く生きる 大谷一郎(親鸞仏教センター嘱託研究員)

 私は、親鸞仏教センターの研究員であると同時に真宗の僧侶である。僧侶という仕事は、亡くなられた方とお会いすることが多々ある。その時、その方がどのような人生を生きられたのかということに思いを馳(は)せる一方で、自分自身の死がいつか来るということを実感する。正直なところ、自分が死ぬということを想像するのは怖いことだ。なるべくならば、そのことを思わずに日常を送りたいと思うのが人情だ。私自身も同じである。しかし、この瞬間は自分の死を意識せざるをえない。亡き方から「お前も間違いなく死ぬよ」と言われている気がするのだ。

 さて、自分の残された時間をどう生きるのか、死すべき命をもったものとして、いかに今を生きるのかということは大きな問題である。いかに生きるか、と言った場合、一般的には「自分らしさ」というものが大切にされているように思う。書店を覘(のぞ)いてみても「自分らしく生きるためには…」といった類の本をいくらでも見つけることができる。では、「自分らしさ」ということはどういうことか。普通に言われている「自分らしさ」は自分の思うとおりに、好きなように、という意味が含まれ、言葉を換えれば自分の欲望のとおりにということのように思える

 では、自らの欲望のままに生きて本当に満足できる人生が送れるのだろうか。仏教では欲望を貪欲と押さえるが、欲望は尽きることがない。精神的にも物質的にも欲望は底知れない。それは自分のこととして考えればすぐにわかることである。欲望はどこまでも膨(ふく)らんでいき、求めても求めても満たされることがない。そこで感じるのは渇きと空しさだけではないだろうか。人間は欲望だけでは満たされない。もっと深い何かを求めているのではないか。それは、「本当に良く生きたい」という宗教的欲求とでも言うべき深い欲求だろう。だからこそ、そこで空しさを感じるのだ。

 親鸞聖人は天親菩薩の『浄土論』の「観仏本願力 遇無空過者 能令速満足 功徳大宝海」という不虚作住持功徳(ふこさじゅうじくどく)を受け、「本願力にあいぬれば むなしくすぐるひとぞなき 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水(じょくしい) へだてなし」と讃じている。

 自分らしさの拠り所が自分の欲望というものであれば、その空しさからはどうしても離れられない。自らの「本当に良く生きたい」という声に耳を傾け、そこに響いてくる願いに深く頷くことができれば「本当に生きる」ということが成り立つのかもしれない。

大谷一郎(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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