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keyword:不安、緊張、人間関係
Vol.122自己顕示欲 藤原 智(親鸞仏教センター研究員)

 私は昔からアガリ症である。人前に出るとなると緊張して、お腹が痛くなり、吐き気を催し、汗をかき、心臓は早鐘を打ち、頭は真っ白になり、要は何もできなくなってしまうのである。
 ある方から言われたことは、「アンタが緊張するのは、アンタが背伸びをしようとするからや。アンタは自分のできることしかできないんやから、背伸びしようとせんと、できることをやればええんや」という、ごく当たり前のことであった。でも、それをよく覚えている。なるほど、私はとにかく他人に自分をよく見せようとしていたのだなあと、知らされたのである。私は人によく見られたいという自己顕示欲の塊なのである。
 そのような私には、また露悪癖がある。人からよく見られたいという欲求は、周囲の期待に十分に応えなければならないという意識となり、そして他人の視線がプレッシャーとなってくる。そのプレッシャーを軽減するためには、周囲の期待を下げればよい。その結果が露悪癖である。そうやって自分を守っているのである。
 しかし、いずれ必ず人前で大きな失敗をする。そこに非常に厳しい他者の視線を感じ、消えてしまいたくなる。そして、これ以上自分を攻撃されないように、物理的にあるいは精神的に、引きこもる。人との関係を閉じ、嵐が過ぎ去るのを待つのである。
 引きこもるとはいえ、生活はしなければならない。都合よく、家でパソコンに向かうだけで済む仕事が与えられた。そこで、一つの部屋だけで完結しているかのごとき生活を過ごすことになったのである。他者の視線が及ぶことのない、自由気ままで快適な生活がそこにはあった。
 やがてやってくる不安。実は自分は世界から取り残されているのではないか。自分がいなくても、世界は何も問題なく進んでいく。自分がやっている仕事も、本当に必要とされているのか。自分は、自分のやっている仕事は、忘れられているのではないか。世界で自分は一人なのではないか。
 気晴らしに、繁華街に出て行くことにした。そこには多くの人が連れ合い、賑(にぎ)わっていた。人々は友人や家族といった関係を築き、楽しそうにしているかのように、見えた。彼らは私の目の前を通り過ぎる。皆は、関係をもち合いながら、しかし私とは誰一人関係をもってはいない。誰も私を見ない、関心をもたない。いまや世界の輪から、私一人が取り残されていた。多くの人がいるからこそ、逆に自分が一人であることを強烈に意識させられた。それは、世界が私一人を排除しようとしているかのように、感じた。その圧迫感に、体が重くなり、身動きが取れなくなる。思わず、「俺はここにいるんだ」と叫び出したくなるような衝動が起こる。騒ぎを起こせば、皆は私に関心を向けてくれるだろうか。そんな思いが頭をよぎる。
 そのとき、遠くの方でトランペットを吹いている人がいた。彼は私に向けて吹いたのではないけれども、その音色は私がここにいることを認め呼びかけているかのように、聞こえた。私の体は軽くなり、安心し、帰ることができた。私を苦しめていたのは私の妄念妄想なのであった。
 私の強すぎる自己顕示欲が私自身を振り回し、苦しめ、他人をも傷つけていく。ただここにこうして今あることを素直に頷(うなず)くことができたなら、安心して生きられるのではないか。ただそのこと一つを頷きたい。そのように思う。

藤原 智(親鸞仏教センター研究員)

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