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Vol.124 「自己責任」と「現代」 法隆誠幸(親鸞仏教センター嘱託研究員)

 「自己責任」という言葉を耳にするようになったのはいつごろからだろうか。一般にも広く使われているところをみると、この言葉は現代にあって、すっかり市民権を得ているようだ。
 記憶に新しいところでは、フリーキャスターの辛坊次郎さんと全盲のセーラー・岩本光弘さんが二人で挑んだ、小型ヨットでの太平洋横断が思い起こされる。過去に例を見ないこの果敢な挑戦は、ヨット底部の破損による浸水のため、航海を半ばにして断念せざるをえない状況に追い込まれた。
 二人にとっては苦渋の決断だっただろう。救助を要請し、大海原に漂流していたところを救出され、安堵(あんど)するのも束(つか)の間、その後に待っていたのは自己責任論であった。大方は、救助活動に税金が使われたことに対する不満が、「自己責任」を問うかたちで露わになったと見るべきかもしれないが、「自己責任」という言葉が人々の間ではばかりなく使われていたという事実に変わりはない。そして、この出来事を遠巻きに眺めながら、私は何ともいえない後味の悪さを感じていたのである。

 そもそも、「自己責任」が問われるには、前提条件として、主体的な行為の自由を認めるということがなければならないのだろう。それは平たく言えば「あなたの人生だから、好きなように生きていいんだよ」という社会的容認であり、しかし、「あなたがやったことだから、私には関係ないよ」という社会的無関心と、それは裏表である。そして、このことは単に「私」と「あなた」という関係性の希薄化・分断化を表しているだけでなく、『私』を過剰に主張してきた、時代の必然的結果であるように思う。つまり、私の行為は私の意志に基づいて行われるという狭い考えが、「自己責任」という言葉を醸成しているのだと私は考えている。このような狭小的思考は、未来よりもとかく「今」ばかりが強調される短期型の思考と併せて、現代をよく表しているのではないだろうか。

 ところで、「自己責任」に押されてか、最近あまり聞かなくなった言葉に「自業自得」がある。これはいわゆる、生活のなかの仏教語である。自分の造った「業(行為)」のむくいは自分が受けなければならないというこの言葉は、少し前までは確かに私たちの日常に生きてはたらく言葉であった。何より、「自業自得」は「自己責任」とまったく違う概念をもつ。
 すべては「縁(条件、契機)」で成り立っているというのが、仏教の基本的なものの見方である。たとえ私の行為であったとしても、それを成り立たせてくる、広大で深遠なる、無数の「縁」がある。つまり、『私』を超えたものとして、「縁」をいただいてきたのである。その根底に、分限の自覚があるということも忘れてはならない。
 「自己責任」という言葉がまかり通るのも、実は私たち一人ひとりの「自業自得」なのかもしれない。「自業自得」とは、「自己責任」という言葉に表れる『私』をたしなめつつ、「業縁」を共有する度量の広さをもった言葉なのである。

親鸞仏教センター嘱託研究員 法隆誠幸

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