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keyword:雲、東京オリンピック、司馬遼太郎
Vol.126 雲をつかむような話 名和達宣(親鸞仏教センター嘱託研究員)

 息苦しくなると、空を見上げてしまう。そこにはたいてい雲が浮かんでいる。届くはずもないが、手を伸ばしたい衝動にかられる。美しくかがやいていれば、つい写真に収めたくもなる。ところが、写った画像を見ても、直接目に飛び込んできたほどの美しさは感じられない。あるいは「くも」と認識し、言葉にした途端、最初に見たものとはかたちが変わっている。そもそもはじめから、そんなものは「そこ」になかったのかもしれない。

 雲をつかむような話が横行している。2020年に東京でオリンピックが開催されるそうだ。決定に至るまで、多大な経費と涙なしには語れないような努力の積み重ねがあっただろう。多かれ少なかれ、これから日本全国が一体となって、7年後の「そこ」を目指して突き進んでいく。東京では湾岸エリアを中心に、新たな競技施設の建築や修復がますます加速していくという。原発の汚染水の問題は「完全にコントロールされている」ので、東京には何の「悪影響」も及ぼされないと、首相が見事なプレゼンのなかで宣言していた。何とも頼もしい話。しかし、何だかキナ臭いのはなぜだろう。痛々しいばかりの昂揚(こうよう)に不安を感じると共に、そこに頼もしい未来は感じられない。かく言う私も、マスコミの報道に踊らされているに過ぎないが、肝心なところには「霞(かすみ)」がかかっていてよく見えない。

 前回の東京オリンピックが開催されたのは1964年。日本は目下、高度経済成長を猛進中だった。終わってから4年後、いまだ経済成長が止まぬ頃、司馬遼太郎がある歴史小説の連載を始めた。

 ――作品の名は『坂の上の雲』。

 舞台は日露戦争の前後、封建の世から覚めたばかりの日本が、欧米列国に追いつけ追い越せと、躍起になって近代化を進めていた時代だ。4年前には、足かけ3年にわたってテレビドラマが放映された。映像化を求める声は、小説の連載中から殺到していたらしい。しかし、作者は頑としてうなずかなかった。戦争賛美と誤解されることを危惧(きぐ)し、実写映像では作品のスケールを描き切れないと確信していたためと伝えられる。

 ところが、作者の没後、制作側のたゆまぬ熱意と映像技術の発展により状況は一転。総力をあげて制作されたドラマは、有名俳優をキャスティングし、見事な出来栄えで好評のうちに終わった。しかし、そこで描かれていたものは、観る者によっては、国のために美しく生き、そして死にいく日本人の姿だったかもしれない。では、作者が本当に伝えたかったものは何か。小説の第一巻「あとがき」に次のような言葉がある。

この長い物語は、その日本史上類のない幸福な楽天家たちの物語である。やがて彼らは日露戦争というとほうもない大仕事に無我夢中でくびをつっこんでゆく。(中略)楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それのみをみつめて坂をのぼってゆくであろう。

 坂の上にかがやく雲は、決してつかむことはできない。そもそも、かがやく雲など「そこ」にはないだろう。各人の妄念妄想こそが、真実を覆い隠す雲霧ではないか。つまり、雲のもとは「そこ」ではなく「ここ」にあるのだ。何はともあれ、この国は「とほうもない大仕事」を目指して突き進んでいく。もはや誰にも止められない。だからこそ、雲霧の正体を照らし出す光が必要ではないか。
 そんなことを考えながら、遅刻寸前、坂道の上を目指して自転車を押した。

親鸞仏教センター研究員 名和達宣

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