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Vol.130 詩と真実 田村晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

 言葉を得ることは認識を得ることである。私たちは世界、日常、時間、その他あらゆることを言葉を通して理解している。その意味で、世界は言葉でできているのだ。言葉を通して、世界を知るということは、世界は個人的であるとも言える。言い換えれば、私が世界を理解するということは、私の言葉で行う以上、それは私の言語力以上の世界ではない。私が自分の言葉のみで認識を得ようとすることは、閉塞された世界でしかない。それゆえに、他者の言葉が必要なのであろう。「自分の言葉で語れ」と人は言う。しかし、自分の言葉が意味あるものとなるためには、他者の言葉が必要なのだ。

 詩人の吉野弘さんが亡くなった。私が大きな示唆を受けた詩人のお一人であった。以前に亡くなった茨木のり子さんも好きな詩人であったが、彼女が創刊した「櫂」という同人誌に吉野さんが参加していたことを今回知った。ちなみに、「櫂」の創刊者のもう一人は、私が以前親鸞仏教センターのブックレビューで紹介させていただいた川崎洋さんである。

 吉野さんの代表作となる詩は多くある。その一編に「I was born」を加えることに異を唱える人はいないだろう。「確か 英語を習い始めて間もない頃だ」との言葉で詩は始まる。中学生であろう息子と、その父が寺の境内を散歩しながら「生まれる」ことについて対話をする内容である。身重である女性とすれ違ったことから、息子は「生まれる」が「I was born」、つまり受身形であることに改めて気づく。生まれることの不思議さを思いつつ、英語の文法の確認もできたわけだ。しかし、その気づきは父を驚かせた。そして、父は息子に自分が体験したことを話す。それは拡大鏡で見た「胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり」でありながら、「卵だけは腹の中にぎっしり充満して」いる「蜉蝣(かげろう)の雌」であった。そして父は息子が生まれたときに起きた、ある出来事を話す・・。

 言葉による日常の描写は、確かに切り取られた断片であり、全体を示すことはできない。しかし、時に優れた言葉は、世界の断片を入り口として、世界の全体をのぞかせる。この詩を読んで誰もが感じるのは「命」である。しかし、そこにロマンチックな香りはない。そこにあるのは命の美しさではなく、息苦しさである。生まれの「息苦しさ」は、後の「生き苦しさ」にもつながる。しかし、「I was born」の言葉は私に命の厳粛な姿を教えてくれるのである。いわば、吉野さんの思いが、言葉を通して、私にはたらくのだろう。
 命を美しいという表現だけで済ませようとする発想が私からは離れない。しかし、美しさは一つではないという真実を、一編の詩から今も学んでいるのである。

親鸞仏教センター嘱託研究員 田村晃徳

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