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Vol.133 垂直方向の夢 越部 良一(親鸞仏教センター嘱託研究員)

 「哲学することは、一つの極を巡り、この極を直接に捕えることはない。それは巡りながら、それでもこの極に的中しようと繰り返し始められる探求である」(ヤスパース『哲学』)。偉大な哲学者たちのさまざまな言葉を見るに、語りえぬこの一つの極は、きわめて単純な三つの言葉で示される。「天意」「愚の自覚」「愛情」。
 プラトンは、彼の生涯をかけて考えてきた事柄(善美のイデア)は、言葉では語れないものであると、書簡(『第七書簡』)のなかではっきりと語っている。だから、言うまでもないことであるが、このようなものが、ある種の賢者面をした「哲学者」や「哲学書」のわけのわからぬ難解な文章のなかで語られると考えるのは大きな誤りである。思うに、例えば、ロック・ギタリストのロバート・フィリップが語る次のような言葉は、この言葉で語りえぬものに出会う人間の心の有り様をよく伝えている。
 「時に音楽は舞い降り、その秘密を音楽家に明かす。このことが起きるさ中にこれを聴く者が居合わせるなら、この出来事は、「永遠」という言葉に値する非常に特別な時として際立たせられる。いかなる永遠的な瞬間も、他のあらゆる永遠的な瞬間と同じである。つまり、われわれが存在するなら永遠はいつもそこに存在する。誰かこの単純な言葉を読んでそれを疑うなら、私はただ次のように答えよう。これが、つまらぬ物事や困難に押し潰されそうになっても、音楽家を生かし続ける血潮なのだと」(キング・クリムゾン『The Essential King Crimson frame by frame』のノート)。
 どうしたことか、人間は世の中にただ生きているだけでは窒息してしまう。つまり、日々のお決まりの仕事のなかで、永遠の天意を見失い、人を裁く意識が勝ち、嫌悪の情と共に生きる。プラトンは、太陽に喩(たと)えられるような善のイデアに関する観念を、人間はもともともってこの世に生まれて来ると見た。これは人を救う思想である。しかし、同時にまた人間の魂のなかに「多頭の怪物」をも見た。自分を窒息させるものを、自分の外に見るだけでは、現実に出会えない。人間はもともと自らを息詰まらせるように、つまり存在しないように、生まれて来る。だから次のように言われねばならない。
 「仕事は常に別の何かがそこにはたらくときにのみ果される。それは、夢見ることである。よく私は風景を、空を、雲を眺め、何をするでもなく座り、寝ころんだ。囚われのない空想の動きがもつ熟考の静けさだけが、発心――これを欠いては、仕事はとりとめのない、大事な点を逸した、空疎なものとなる――をもたらしてくれる。日々ひとときたりとも夢見ない者には、仕事と日々の生活を導く星のきらめきは失われてしまうのではないかと私には思える」(ヤスパース『哲学的な自伝』)。
 水平方向の夢想とはまったく異なる垂直方向の空想によって、初めて人生は現実となる。天に向かう無言の叫びであるかのようなその動きは、自己にとっての唯一の呼吸空間を切り開かねばならない。人はただそうした哲学することと共にのみ生きうる。

親鸞仏教センター嘱託研究員 越部 良一

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