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Vol.135 願いの息の構造 ステファン・グレイス(親鸞仏教センター 嘱託研究員)

 先日、親鸞聖人の『教行信証』と、その浄土真宗本願寺派の英訳(1983-1990年)を見比べる作業に関わることができた。そして、その訳語のなかで「本願」の「願い」についての訳がとても気に入った。この言葉を英訳する場合、例えば、「want」「desire」「wish」「prayer」「hope」など、いろいろあるが、本願寺派訳は「aspire」を採用しており、それがとてもおもしろいと思った。最初は普通に通して読んでいたのが、それが少しずつ気になり始め、この「aspire」の語源を調べてみようと思った。

 親鸞のそれと「願い」という言葉は、現代日本語にも日常用語として使われているが、意味が大分異なるので、誤解を招くこととなる。例えば、「願い」は「欲しい」の類義語のように使われることがあるが、親鸞の「願い」は、「欲」(梵語: )と対立したものとして考えなくてはならないと私は理解している。そして、英語の「aspire」の場合、現代語では「目指す」と「憧れる」などというような意味となっているため、「囚(とら)われ」などを示唆する「欲」よりも、適切なニュアンスを上手く伝えることができているのではないかと思う。

 言葉の語源を正確に確かめるのは、必ずしも簡単なことではないが、ある説によると、「aspire」は「意欲によって息をハーハーする」というようなイメージから由来したとされている。つまり、古語の「expire」(「息を吐き出す」)と同じルーツをもつ。(因みに、「expire」は、現代においては「賞味期限」の「期限」が「終了する」という意味で使われ、「死ぬ」の言い回しともなる)。しかし、私はこの言葉の語源を別の観点から想像的に考えてみたい。

 私の地元(ニュージーランド)では、原住民マオリ族の木彫りの伝統に、さまざまな儀式や多くの宗教的な規則がある。その規則のなかでも特に大切なのは、木彫りが完全に出来上がるまで、その彫り物に息を吹きかけないことだ。なぜかというと、「息」が「命」の同義語的なものだからだ。人の長寿を祈る挨拶には、「生命力の息」(「Tihei Mauri Ora」)というマオリ語のフレーズがある。挨拶の動作には、実際に相手の鼻に自分のを正面から押し付け、文字通りに「同じ空気を吸う」。これが、最上の尊敬や信頼の気持ちを表すものだ。だから、不完全な木彫りに息を吹きかけると、途中で命を与えてしまい、化け物のような存在を生ませてしまうと考えられている。

 以上のような解釈から考えれば、「願う」が「希望に命を吹きかける」になるのは想像に易い。つまり、自分の命の力をもって新たに真実を表出させる。しかし、これは積極的な努力ではなくて、ただ現実を成り立たせてあげることだ。希望の対象がそのままに自ずから生ずる。希望者側には、特に「すること」などはなく、ただ息を漏らしているだけだ。つまり、英語の「make」の「やらせる」ではなくて、「let」の「自由にさせる」、「任せる」だ。私はこれがまさに本願の願いではないかと思う。

親鸞仏教センター嘱託研究員 ステファン・グレイス

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