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keyword:コーヒー、森博嗣、寺田寅彦
Vol.138 一杯のコーヒーから 大谷一郎(親鸞仏教センター研究員 中村玲太)
「一杯のコーヒーから万物は流転する。」
(犀川創平/森博嗣『詩的私的ジャック』、講談社文庫

 森博嗣のコーヒーへの愛情がよく伝わる一節である。もしかすると森の影響かもしれないが、すっかりコーヒーが欠かせない体質である。コーヒーを目の前にしてふとこの黒い液体について考えてみたくなった。
 森のコーヒーへの愛情も並々ならぬものがあるが、コーヒーへの感動的な愛を語る人と言えば、なんといっても寺田寅彦であろう。寺田はその名も『コーヒー哲学序説』という随筆を残している。寺田はそのなかでこう語る。


 コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。銀とクリスタルガラスとの閃光(せんこう)のアルペジオは確かにそういう管弦楽の一部員の役目をつとめるものであろう。
 研究している仕事が行き詰まってしまってどうにもならないような時に、前記の意味でのコーヒーを飲む。コーヒー茶わんの縁がまさにくちびると相触れようとする瞬間にぱっと頭の中に一道の光が流れ込むような気がすると同時に、やすやすと解決の手掛かりを思いつくことがしばしばあるようである。
(小宮豊隆編『寺田寅彦随筆集 第四巻』、岩波文庫)

 コーヒーを飲む感動が絶妙に伝わってくる。ただ、確かに寺田の言うようにコーヒーには閃(ひらめ)きを与える効能もあるのだろうが、その効能は飲むたびに効かなくなっている気がしている。どんな薬も飲み続けると効かなくなるということだろうか。むしろコーヒーを飲むと気だるくなることも多いのであるが、それでも飲むのは、一種の呪(まじな)いに近い。
 私にとってはコーヒーを飲むことが、現実の煩(わずら)わしさをほんの一瞬忘れ、頭を現実とは別の世界に切り替えるためのスイッチとなっている。しかし、そんなに甘くはない現実は、コーヒーごときで吹き飛ぶものでもなく、暗澹(あんたん)たる心はあれもこれも気がかりで、依然として目の前の仕事に集中することは難しい。それでもコーヒーを飲むのは、暗い現実にやすやすと引きずられてなるものか、という意志表示、祈りにも似たものか。
 とは言え、こんなことは後づけの説明で、飲みたいから飲んでいるのだ、というのも正しい。ただ、森博嗣の小説や『コーヒー哲学序説』を読めば、コーヒーが十分に抽象的な思考の対象となりうることがわかる。一杯のコーヒーから思索を深めていくのも楽しいものである。

親鸞仏教センター研究員 中村玲太

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