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Vol.14  誰年(2003年)誕生した子どもの名前のトップは、男の子は「大輝(ダイキ、タイキ、トモキ、ヒロキなど)」君、女の子は「陽菜(ヒナ、ハルナ、ハナなど)」ちゃんだったそうです。そこには、「子どもたちの未来が、明るく、輝くものであってほしい」という、親の願いや期待感があるのでしょう。まさしく時代を反映した名前です。
 ところで、私の知人に「七歩(ななほ)」という名前の女性がいます。同じ名前の人を探すのに困るぐらい珍しい名前です。この名前の由来をたずねてみますと、『大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)』というお経のなかに、お釈迦さまが誕生されたときのことが語られています。
 お釈迦さまは生まれると、七歩あるいて、「我まさにこの世において無上尊(むじょうそん)となるべし」(天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん))と叫ばれたそうです。これは現代的に言うと、「誰にも代(か)わることのできない“かけがえのない私”」ということです。七歩あるくことによって初めて言えたというわけです。六歩までは、人間の迷いを表現した六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)の世界を表しています。ですから、七歩とは、六道のあり方を超えないと、本当に生きたことにはならない、と語りかけているのです。
 私たちはさまざまな条件に縛(しば)られて生きています。つまり、状況が自分の思いどおりになれば有頂天(うちょうてん)になってみたり、そうではないと、地獄に落ちたような絶望を味わったりします。常に状況に流されて生きていて、上手(うま)くいかないときは、自分すら愛することができなくなってしまう弱さを抱えているのではないでしょうか。子どもたちの未来は明るくて、輝くものであってほしいと願うのは当然ですが、そういう願いの裏には、明るく、輝くことができない状態への不安が常につきまとっているのです。そういう六道の心では、けっして本当に生きたことにならないということを、お釈迦さまの誕生の物語が示唆しています。
 よくよく考えてみると、“かけがえのない私”ということが、まったく感じられなくなってしまったのが現代ではないでしょうか。私たちは、明るいイメージだけで生きることはできないのです。ズーとそうであればいいと望んでも、それはあり得ないことです。どんな状況であっても、“かけがえのない私”と言えることが、本当の「明るさ」であり、本当の「輝き」であると、「七歩」という言葉が語りかけているのではないでしょうか。人間の思慮分別(しりょふんべつ)を超えた、仏の智慧の眼からの名前が「七歩」であり、私たちと無関係ではなかったのです。それでは七歩目とは具体的にどのような世界なのでしょうか。いっしょにたずねていきませんか?

本多雅人(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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