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教育、リーダー
Vol.146 沖縄を訪れて思うこと 親鸞仏教センター嘱託研究員 大谷一郎
 今年の4月真宗大谷派沖縄開教本部が企画し、沖縄で開催された「非戦・平和研修会」に参加した。今年は、激しい地上戦で多くの死傷者を出した沖縄戦からちょうど70年目である。この研修会は、実際に地上戦を経験された方が時代を経て少なくなり、戦争を次の世代に語り継ぐことが難しくなってきている状況のなか、「沖縄戦の体験を語り継ぐ」ことをテーマに開催された。地上戦を体験された方から直接お話を聞くことができる貴重な機会だと思い参加した。

 沖縄戦では砲撃から逃れるため、ガマと呼ばれる自然壕(ごう)に避難した人々が多くいたが、今回のフィールドワークでは、読谷村にあるシムクガマとチビチリガマを訪れた。読谷村は1945年4月1日に米軍が最初に上陸した場所であり、そのとき、波平区の住民の多くが避難したのがこの二つのガマである。シムクガマには千人近い人が避難し、チビチリガマには140人が避難した。結果として、シムクガマでは千人全員が生き残り、チビチリガマでは83人(そのうちの6割が18歳以下)が亡くなった。なぜ一方では全員が生き残ることができ、一方では多くの犠牲者がでてしまったのか。
 話をうかがうと、生死を分けたキーワードは「教育」と「リーダー」であることがわかる。「教育」に関しては、当時の日本の軍隊では、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」という教育であり、「鬼畜米英」、つまり米兵は鬼のように残虐で、捕まったら間違いなく殺されるのだから、もし捕虜になるのなら自ら死を選べというものだった。民間人に対してもこのような教育が徹底されていたようだ。
 また「リーダー」についてだが、シムクガマの人々が幸運だったのは、そのなかにハワイから帰国していた英語を話せるリーダーがいて、ガマが米兵に発見されたときに米軍側と交渉することができたということである。またガマの人々に対しても米軍が捕虜を殺すことはないと説得し、奇跡的に結果一人の犠牲者も出すことがなかったのである。一方チビチリガマには米軍とコミュニケーションを取れる者がいなかった。米兵に捕まり殺されるのであれば、自死せざるを得ないと、母親が自らの子どもを殺したり、従軍看護師が毒薬の注射をして命を終わらせたりした「集団死」が起こってしまった。チビチリガマには残念ながら、何とか皆の命を救おうというリーダーがいなかったということである。この「教育」と「リーダー」の重要性は今現在の社会にも当てはまることだと思う。

 沖縄は現在、米軍基地移転をはじめ、さまざまな問題を抱えている。
 沖縄は現在、普天間基地の辺野古への移転等さまざまな問題を抱えている。
 東京にいるとそれがなかなか自分の問題となってこないが、実際にその地に足を運ぶことにより、問題の本質を肌で感じることができるのだと思う。 

大谷 一郎(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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