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有用性、有効性
Vol.154 最近思うこと 親鸞仏教センター嘱託研究員 大谷 一郎
 先日、中学一年生の息子が、通信簿の音楽の成績を見ながら、「音楽を勉強して将来何の役に立つのか?」と少しふてくされながら愚痴っていた。「まあ何か役に立つかもしれないし、まったく役に立たないかもね」と言っておいたが、何の役に立つのか、その目的は何か、そのことを成し遂げるためにいかに効率的にするにはどうしたら良いのか、そんなことを私たちはいつも考えながら生きている。

 先日、親鸞仏教センター主催で行われた研究交流サロンにおいても、そのことを考えさせられることがあった。研究交流サロンは、ひとつのテーマを設定し、それに興味のある方々が参加し、議論交流する場である。今回の交流サロンは「対話」というテーマのもと、まず講師である哲学者の納富信留氏がプラトンの「対話篇」などを考察しながら「対話」というものの本質と可能性に言及したのだが、その後の質疑の時間に、ある参加者から、もう少し現実の社会においても応用できるような、つまり、自らの仕事に役立つような話をして欲しかったという意見があったのだ。納富氏は哲学的な視点から「対話」というものの本質を深く掘り下げていこうとしていたと思うのだが、質問者は実用性、有効性を求めていたわけだ。

 質問者は「対話」というテーマから、自分の課題に対し、何か実際に役立つようなヒントが得られることを期待して参加されたのだと思うし、その気持ちも良くわかる。しかし、常に有効性、有用性を求め、それを実践していくことが自分の人生をより豊かに充実したものにすることになるのだろうか。

 親鸞仏教センター機関紙の『アンジャリ』第30号で、哲学者の大峯_顯氏がこんなことを言っている。「今日の社会のなかでは、すべてのいとなみが有用性や有効性を目指している。しかし、人生を生きる自己の謎を問う哲学だけは、ひとりこの滔々(とうとう)たる一般的傾向に反対するのである。哲学者が反対しなくとも、哲学の本質が反対するのである。なぜなら、もともと人生は決して有効性などというものを目的として成り立ってはいないからである。」と。

 ここまでつらつらと考えてきてハタと気がついたのが、念仏ということである。仏教の世界で考えてみれば、親鸞聖人が生きた時代、往生浄土、成仏という目的に対して、自分の力でいかに有効に修行していけばよいのかという考えが主流だった。しかし、親鸞聖人は、そのすべてを自分の手から離して阿弥陀如来の側へ投げやったわけで、それは自分の力による有効性の追求の放棄と言えるだろう。有効性、つまり効果効用を求める感覚はなかなか手放すことはできないが、そこから離れてはじめて弥陀の本願の光を体で感じることができるのかもしれない。南無阿弥陀仏

大谷 一郎(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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