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Vol.157 耳の復権 親鸞仏教センター嘱託研究員 田村 晃徳
 

 2015年9月、65年間も続いた一つの長寿番組が終了した。「何だろう、サザエさんはまだやってるし、笑点はまだ50年だし・・」、と思った方もいるだろう。正解はラジオの「東本願寺の時間」である。
 そう言われてもピンとこないかもしれない。1951年に朝日放送で始まった、民間放送開始当初からの、由緒ある?番組であった。僧侶による法話のほかに、仏典童話が朗読されることもあった。そのような番組が終わったのである。
 実は、私も一昨年の夏にマイクに向かう機会をいただいたので、放送終了の知らせを聞き、驚いた一人であった。残念であると同時に、やはり時代の流れを感じたことも事実である。長寿番組と聞いたら無意識のうちに私たちはテレビ番組を想像してしまう。それほど、ラジオは私たちの生活から離れてしまったのだ。
 しかし、ラジオには他のメディアにはない特徴がある。それは私たちに届けられるのが「音声だけ」という言うまでもない特徴である。声だけの一方的なつながりは、私たちに あるものを与えた。想像力である。例えば事件のニュースを聞けば、その現場について私たちは考えざるを得ない。料理についての放送であれば、声だけでその色や、形や味を想像しなければならない。そして必ず無意識に考えているのは「この話し手は、きっとこのような顔だろう」という表情の想像である(だから実際の話し手の顔を見ると想像とのギャップに驚くことがよくある)。
 ラジオの衰退は、動画全盛の時代においては仕方ないのだろう。テレビや動画を見れば、その料理の色、形はもちろん、事件の現場などもまるでその地に行ったかのようによくわかる。ましてや話し手の顔は、はっきりと見えるのだから。
 しかし、ラジオの衰退は同時に想像力の衰退とも言える。私たちは目に頼ることにより、想像するという大切なことを少し無くしてしまったようだ。声だけと、ラジオは映像と比較すると情報量は限られている。しかし、それゆえに、豊かなものを私たちに与えてもいた。声を聞き、そこに想像力がはたらくとき、私たちは情報を能動的に受容していたのである。
 声を聞いて、そこに想像力をはたらかせる。これは聞いて考える姿勢である。これは仏教が大切にしてきた「聞思」の姿勢とも相通じる。終了してみると「東本願寺の時間」は、声だけに耳を澄ませ、他の情報にふれることなく、仏法を考えるという貴重な時間であったことがわかる。今後はインターネットに動画を配信するスタイルになるという。それは大切な工夫であり、現代的である。しかし、それと同時に私は以前のヒット曲「ラジオスターの悲劇」(video killed the radio star)をなぜか思い出すのである。想像力の欠如という悲劇を生み出さないためにも、耳の復権は大切な事柄なのかもしれない。

田村 晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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