親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内ブックレビュー
 HOME > 今との出会い
寓話、物語、現実
Vol.158 「群れ」のなかの自分 親鸞仏教センター嘱託研究員 法隆 誠幸
 

 児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞作家賞を受賞した、上橋菜穂子氏が語りおろした一冊、『物語ること、生きること』(講談社文庫)。そのなかに、「境界線の上に立つ人」と題された一節がある。そこには、著者が中学生のときに先生が話してくれたという、次のような寓話(ぐうわ)が紹介されている。


「いいか。牛の群れを思い浮かべてみろ。君は、先頭を走る牛だとする。前を見ると、あっ、崖がある。君は後ろを向いて『崖があるぞ』と警告して、立ち止まろうとする。前にいる牛たちも、気がついて止まろうとするだろう。でも後ろにいる牛たちは、見えていないから、そのままどんどん、どんどん押してきて、結局、牛たちの群れは、止まることができずに崖から落ちていくんだ」
 当時は、高度経済成長期によって失われたものへの反省がはじまった時代であり、とりわけ文明が自然を壊すことに警鐘が鳴らされる雰囲気のなかで語られたというこの寓話は、現代でもまったく色あせてはいない。この話を聞いたとき、著者の脳裏には「なす術もなく、崖(がけ)から一頭、また一頭と転がり落ちていく牛たちの姿が、まざまざと浮かんでいた」という。それは「生々しい恐怖」だった、と。

 寓話とは、比喩(ひゆ)を用いた物語である。動物や植物を擬人化して編み上げられた非日常・非現実的な世界、言わばフィクションである。しかし、そのようにして紡ぎだされた架空の世界だからこそ、その深奥には、事実・事象以上の「何か」が潜む。読み手は、たとえば先の寓話に描写された「群れ」としての牛に「何か」を感じ取る。すなわち〈ひと〉は、すぐれた物語に触れることで、人類が繰り返してきた歴史を連想し、あるいは未来の姿をもおぼろげに感じているのではないだろうか。その意味で、物語はときに現実よりもリアルである。

 しかし、〈ひと〉とはそれほど物わかりが良い生き物ではないのかもしれない。寓話を紹介したあとに、上橋氏は次のように述べている。「人間って、自分の目で見てから、それが起こってからでないと、それがどんなに危険だと言われても、リアリティを持ってやめる気にならないんですね。事前の想定だけでは、腰をあげないというのが恐ろしい」「ひとりがそれを止めようとしても、集団になってしまったら、なぜ止まらなければいけないのかも理解できないまま、あの牛の群れのように崖の向こうに次々と転げ落ちていくことしかできないんじゃないか」。世界中の物語を読み続け、自身も物語を編み続けてきた著者の言葉に、あらためて人間という相(すがた)を考えさせられる。

 ちなみに「境界線の上に立つ人」とは、自然とともにある人間が、自然を破壊する文明というものに反旗を翻す物語、エドガー・ライス・バロウズが描いた『類猿人ターザン』のような人だと著者は言う。自然と文明、その間(はざま)で結論めいたことも言うことができずに、それでもじっと考え続ける孤独な存在。「私はそういう人に惹(ひ)かれるし、そういう人のまなざしが見ているものを、自分も見てみたいと思うのです」。

 嗚呼……、その景色を見てみたいと私も思う。

法隆 誠幸(親鸞仏教センター嘱託研究員)

最近の『今との出会い』一覧
Backnember ページトップへ
濁浪清風今との出会いブックレビュー
研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス