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Vol.174 そしてハイシャはつづく 親鸞仏教センター嘱託研究員 中村 玲太

 歯が痛い。
 「これ、普通の人だと夜も眠れない状態ですよ」――その一歩手前で踏みとどまっていたのだろうが、悪夢にはうなされていた。赤ん坊を、恐ろしい目をした黒ずんだ赤ん坊をにこやかに何の疑問ももたずに抱っこしている自分を見ていた。寝た気がしなくてどっと疲れた。それにしても、今書くとよくできた悪夢だったと思う。

 虫歯は、実に己の業というものを思い出させる。放っておけば確実に進行していくし、決して自己の力で自然に治癒できるものではない。虫歯は治療してもらわなければならない。そんなことは百も承知である。しかし、何とかなる気がする、自分は大丈夫かも、こう放置し続けて右上の犬歯が悲鳴をあげた。悪夢まで現れて完全に現実逃避包囲網である。そもそもの生活習慣の悪さ、自分だけは大丈夫だと自惚(うぬぼ)れる己の傲慢(ごうまん)さをまざまざと見せつけてくれるのだ。
 急きょ予約した歯医者までの時間が長かった。不用意に頭を揺らすと脳天に突き刺さるような痛みが襲ってくる。何もできない。この途方もない時間は、一瞬が永遠に感じる――とは少し違うかもしれない。穂村弘は「彼女が泣くと永遠を感じます」という言葉について、こう語る。

「彼女が泣く」という一種の非常事態によって、それまで淡々と水平方向に流れていた日常の時間に突然、垂直の裂け目が生じる。「今、ここに生きている」という実感の濃度が急激に高まって、それが〈全て〉になるのではないか。「永遠」とは死へ向かって流れることをやめた時間の特異点のことなのだ。(『絶叫委員会』、ちくま文庫〔2013〕、43頁)

 痛みに抗するために、今ここにあることを急速に拒否しようとする、存在の濃度を薄めようとする。しかし、そうした企ては失敗し、どうしても不快だ(かと言って、その企ては放棄できない)。そして、「死」には向かわない(と思う)が、〈この先〉を常に想起してしまう。ここに在るのは、ぼんやりと間延びした単なる長い時間であり、そこでじっくりと知らされてくる。大地の如くためてきた業は、その存在の自己主張抜きがたく、耳を塞いではいられなくなるということを。

 虫歯だけではない。心身には、この世界には、忘れ去られた業が悲痛な叫びとなって現れている。その叫びから逃げ切れるのならそれでいい。逃げ切れないのなら、その声をまずは聞くしかない。ただ、自分一人で聞ききれるとは思えない。そもそもその声に気づけない、受け止められない脆(もろ)さ危うさを抱えるのが凡夫であろう。はたして声を聞かしめる存在はあるのか、問うていかねばなるまい。
 さて歯医者に行こう。

中村 玲太(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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