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keyword:日本、国家と宗教、「十方衆生」
Vol.183 いかなる国を願うのか 親鸞仏教センター嘱託研究員 菊池 弘宣

 私が今生きている、日本という国の現状をどう押さえたらよいのだろうか?
 端緒として、国家公務員が公文書・行政文書を改竄(かいざん)したという問題がある。外国の要人から見ると、何よりも問題なのは、その「隠蔽(いんぺい)」に対する日本国民の無関心的反応であるという。この件を黙認・容認するというかたちで追従するならば、日本の民主主義は終わるとまで言われている。そういう質の問題であると、私は認識をあらためた。
 思うにこの問題の根には、「国家が特定の宗教と結びついてはならない」という、「政教分離の原則」に抵触するという問題があるのではなかろうか?また、トカゲの尻尾切りのように、悪と見なしたものを「穢れ」のように、徹底して排除する。そこに、戦前の国家神道的なものが、新たに兆しているのを感じ、空恐ろしい思いがしている。
 現行の日本国憲法は、その背景にある「戦争問題」の痛み・悲しみ・反省を基にして、願われて生み出されてきたものであると、私は受け止めている。戦後、「国家権力の暴走を縛り、国民主権を守る」という立憲主義を尊重しての国づくりを、この日本という国は、本当は大切にしようとしてきたのではないのだろうか?

 私自身が所属している真宗大谷派教団は、先の戦争に加担してきたという戦争責任問題を宿している。私自身、過去のあやまちを現在的視点から、断罪するというのではなく、自分もまた、同じようなあやまちを犯し得るものとして、痛ましいあやまちを繰り返さないように、「戦争することも、加担していくことも、いのちの尊厳に背く間違いである」と、言えるときに言い続けていく所存である。
 かつて、和田稠(しげし)という先生が、靖国神社問題に関する講義の場で、「靖国とは私自身である」、「自らの内なる靖国問題」という言葉を語られていたのだが、今思えばそれは、先生ご自身の慙愧(ざんき)の言葉、痛みをくぐったメッセージであったにちがいない。
 あるとき先生が「十方衆生」と板書され、「靖国は、日本民族の業。日本人だけの特殊な内輪的閉鎖的な世界。本願が呼びかけているのは、「十方衆生」。生きとし生けるものです」という旨の言葉を語られるのを聞き、心開かれるような、広やかで大いなるものを感じたことを思い出す。
 「十方衆生」という呼びかけの中にある私自身。その「十方衆生」の中にあって、背いている、煩悩・悪業を宿す私自身。そういう、「いのちを見据えるまなざし」というものを教えていただいた。「いのちを喚ぶ声」。それこそが、宗教的な意味での罪の自覚を成り立たせる「根源的なるもの」ではなかろうか?

 最近聞いた言葉の中で、「「政教分離」とは、国家が特定の宗教と結びついてはならないということであって、宗教が国家と関わってはならないということではないし、宗教が発信する批判に国家が耳を傾けてはならないということでもない。国家がその批判を受けて痛いと思えば、変わっていくということがあって然るべきである」というものが、深く私の心に残っている。
 如来の本願の光に照らされて、私自身もまた、日本人の業を宿し、現に生きているものであると自覚するなかで、自分が生まれ育まれてきたこの国を、本当に愛する関わりをしたい。

菊池 弘宣(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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