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Vol.32:平均的日本人 常塚聴

 「平均的日本人の脚は、絶対に二本未満である」。作家の森巣博氏の言葉である。
 言われてみればそうにちがいない。けがや病気のせいで脚を失った人もあれば、生まれつき脚のない人もたくさんいるであろう。そういえば、以前、私の家の近くに住んでいた高齢の男性は、戦争で負ったけがのせいであったのか片方の足がなく、いつも杖をついて歩いておられた。生まれつき脚の数が多い人も中にはあるであろうが、平均してみれば、日本人の脚の数は確かに「二本未満」になるはずである。
 ところが、言われてみるまではそのことにはなかなか気がつかない。「平均的日本人の脚の数は、絶対に二本である」と考えているのが実際である。そう考えている限り、脚の数が(多いにせよ少ないにせよ)二本ではない人の存在は見えなくなってしまう。そういう人の存在に気がつかない、「存在しない人」だと思い込んでいるだけならばまだしも、「平均的日本人」に当てはまらない人、「普通でない人」を「存在してはいけない人」として排除してしまうことがある。
 「自分たち」と「自分たち以外」を区別するという行動は、集団を作らなければ生きていけない人間という生物にとって自然に発生するものである。しかし、「自分(たち)以外は存在してはいけない」というのは、自然にあり得る行動ではない。生物的に言えば、むしろ不自然な行動と言えよう。多様性を失った集団は非常にもろいものであるからだ。
 生物としての人間集団には多様性がなくてはならないのにもかかわらず、社会集団としての人間集団は、しばしば「自分たち以外」の存在を排除しようとする。「平均的日本人の脚は二本」という思い込みは、「脚の数が二本でない人(「普通でない人」)は日本人(「自分たち」)ではない」という考えにたやすく置き換わると言ってもいいだろう。
 しかし、「平均的日本人の脚は、絶対に二本未満」なのである。その意味で言えば、「普通」という言葉を考え直さなければならないだろう。「普通」でないものが排除される社会ではなく、あらゆるものが「それぞれの普通」として認められ、共存し合える豊かな社会を目指していくべきではないだろうか。二本の脚を持つ私自身、「平均的日本人」からは外れていることになるのであるから。

常塚 聴(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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