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keyword:破滅と救済
Vol.40:ムイシュキンのこと  越部 良一  前にイワンについて書いたので、続きに、ムイシュキンのことを書く。
 ムイシュキンが、処刑台に上げられ銃殺される寸前に特赦(とくしゃ)になった人の、処刑前5分間の体験談を語ったとき、聞いていた一人の女性(アグラーヤ)は問う。「なんのためにそんなお話をなすったんですの」(ドストエフスキー、木村浩訳『白痴』新潮文庫)。もう一人の女性(アレクサンドラ)は多少皮肉をこめて言う。「あなたはきっとこんな結論をひきだしたかったのでしょう。たとえ一瞬間でも……値段をつけるわけにはいかない、……ときにはわずか5分間でも、どんな宝物にもまさるものだって。ほんとにごりっぱなお考えですこと」(同上)。だがムイシュキンはいかなる「結論」ももっていない。前の問いに、ムイシュキンは言葉につまりながら、「まあお話のついでに」(同上)と答えているが、なんのためなのか、実のところ当人にも答えられないのである。ムイシュキンはこのあと、見たことがあるということで、今度は長々と、ギロチンで首を切られる話をする。
 ムイシュキンという人間は、世間の向きとは正反対の精神態度をもっている。世の大抵の人は、未来へ向かう。ムイシュキンは過去へ向かう。そして、そこに止まる。大抵の人は、どうしたら処刑台に上がらないですむか、等々と考える。しかしムイシュキンは、いわばすでに首を切り落とされた状態で立っているのである。どうしたらギロチンにかけられた人びとは幸せになることができるのかという、人の世で解決不能な問いを抱え込んで……。
 問題の解決に向かって(肯定的にせよ否定的にせよ)前のめりに走り出す、それが、当然のことながら、人の世で表立つ中心的な関心事である。ムイシュキンは過去と共にいつまでもじっとしている。ムイシュキンは、ある意味で、未来の神の国の到来を拒絶したイワンに通ずるものをもっている。世の人びとの、さあ未来の幸せに向けて意志と精神を集中させましょう、そうして幸せになることができるのですよ、という考え方に、ムイシュキンのような人間は、おそらくこんなふうに言うのであろう。「多数の破滅した人びとがすでに存在してしまったあとで、どうして自分は幸せになれると考えることができるのです。心穏やかならぬので、来るべき幸福の国に入るより、むしろ破局と共にあるほうがよい」。
 ドストエフスキーはムイシュキンを一種の悪人として描いている、とは小林秀雄の洞察である(岡潔との対談)。ムイシュキンは殺人者(ロゴージン)の共犯者であると。ムイシュキンの非暴力、無抵抗の姿勢そのものが、人殺しを阻止しない咎(とが)をもつ。(なかば自殺のような形で)殺された者(ナスターシャ)と殺人者と黙認的殺人者(ムイシュキン)、この3人の宿命的な破滅を、作者はただじっと見つめる。そして、この物語の最大の解答不能な問いかけは、なにゆえこの破局の有り様を描くことが、人をして救済を予感させるものとなりえたのかということである。

越部良一(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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