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Vol.42:弥陀に出遇(あ)う  山本伸裕  誰しも一度は遠く想いを馳(は)せたことがあるに違いない。宇宙の涯(はて)について、はたまた時間の始めと終わりについて。
 科学者の仮説によれば、世界のすべて、すなわち私たちのこの宇宙は、ビッグ・バンによって生み出されたとされる。そして宇宙は、光速の約3分の2の速さで、現在も膨張し続けているという。
 そのように膨張しつつある宇宙のすがたを、ある人は膨(ふく)らみつつある風船のイメージによって捉えようとするかもしれない。だが、私たちがどのように宇宙のすがたをイメージしようとも、宇宙の涯についてめぐらされる思考に終止符が打たれることはないであろう。
 そもそも、風船が膨らむことができるのはなぜなのか。それは、風船の膨張を可能にする空間が、それの膨張に先立ってすでに存在しているからなのである。したがって、膨らんでいく風船のイメージで宇宙の膨張とその涯とを捉えようとする限り、私たちは膨らみつつある宇宙の外部に、さらなる広大な宇宙の存在を考えざるを得ないことになってしまう。その場合、私たちの思考は無限遡及(むげんそきゅう)に陥ってしまうのである。 しかしながら、実際、宇宙の涯は確実に存在する。有(あ)り体(てい)に言えば、宇宙には涯がないと考えてしまう私たちの思考は、このとき重大な過誤(カテゴリーミス)を犯してしまっているわけである。
 宇宙が膨張しつつあるということが事実であるとすれば、そのことは果たして何を意味しているのか。私たちは、このことをいま一度、問い直してみなければならない。
 宇宙が膨張しつつあるということは、考えてみれば、その膨張によっていままさに空間が生み出されつつあるということを意味しているのである。そうである以上、ビッグ・バンによって初めて生み出されることになった宇宙空間の、そのまた外部に、あらかじめ存在している空間を想定するということは許されないことになる。要するに、私たちは、私たちの思考を超えた事柄について考えようとしているに過ぎないのである。このことは、時間の始まりと終わりに関する私たちの思考についてもあてはまるであろう。
 ところで、清沢満之は、かかる無限なる宇宙を阿弥陀仏と同一視している。彼の言うところの、宇宙を阿弥陀と同一視するとは、時間的・空間的に一切のものをそのうちに包摂する全体観念にほかならないのであるが、それは完全なる存在であると同時に、私たちの有限な思考を超え出る不可思議な存在とも規定されているのである。
 有限な思考によって、私たちが宇宙の存在を認識することは不可能なことではない。けれども、その涯に関しては、私たちは決してそれを思考することができないのである。
 阿弥陀は、無量寿仏とか、無量光仏などといった異名をもつ仏である。これらの異名が示すこと、それはこの仏がまさに時間的・空間的に無限なる存在であるということにほかならないであろう。
 私たちは宇宙の涯に遠く想いを致す。そのことを通じて、不可思議な阿弥陀仏に出遇う機会が訪れることがあるのかもしれない。
 親鸞は言っている。「遇(もうお)うて虚(むな)しく過(す)ぐる者なし」(『教行信証』、『真宗聖典』〈東本願寺出版部発行〉167頁他)と。

山本伸裕(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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