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keyword:正義感
Vol.43:「義憤」の矛先(ほこさき) 春近敬  先日、ある大学生が書いたインターネットの日記が騒動を巻き起こした。アルバイト先の店にお客さんとしてやって来た皮膚に疾患のある人を、携帯電話のカメラで撮り、インターネット上に公開した自分の日記に載せ、その姿を差別的な言辞で中傷したのである。事実であるならば、許されない行為である。私もその話を聞いたとき、激しい憤りに襲われた。
 この大学生の行為に対して、たちまち非難の声が上がった。その非難は時間を追うごとに大きくなり、その大学生がインターネットから日記を削除した後も続いた。日記の記述から彼の実名や私生活が暴かれてインターネット上に晒(さら)され、所属する大学やアルバイト先の店舗にまで抗議が殺到した。そして多くの人が彼を、差別的で、醜い言葉を用いて非難したのである。
 この多くの人の怒りは、このような行為を許さないという悪に対する正義の感情から出たものであろう。「このようなことをする人間は、誹謗中傷されてしかるべきである」「自業自得」「自己責任」という意見が多く寄せられたのである。もちろん、そのような社会の目が、モラルある社会の維持にある程度寄与していることは確かである。また、このような「義憤」の力はとてつもなく大きい。そういった「義憤」にかられた何千、何万という人が、会ったこともない一人の人間に対して、怒り、憎み、差別的な言辞を許さないという趣旨にもかかわらず、さらに差別的な言辞で罵倒(ばとう)した。何故であろうか。普段の生活では発することのないような醜い言葉で相手を罵(ののし)るほど、相手をとおして自己自身を見つめ直す眼(まなこ)を見失ってしまったからだとは言えないだろうか。自己を見つめ直す眼を失くし、悪を他においてのみ見るかぎり、どのような非難もできるのであろう。
 ところで、仏教で言う怒りは、苦しみや迷いの原因となる煩悩のなかでも、根本的な要因の一つである。「貪欲(とんよく〈むさぼり〉)」「瞋恚(しんに〈怒り・憎しみ〉)」「愚痴(ぐち〈恨み・ねたみ〉)」、この三つの煩悩を合わせて「三毒(さんどく)」と呼ぶ。貪欲は貪愛(とんない)、瞋恚は瞋憎(しんぞう)とも言う。親鸞は、「貪愛瞋憎之雲霧 常覆真実信心天(貪愛・瞋憎の雲霧、常に真実信心の天に覆〈おお〉えり)」(「正信念仏偈」『教行信証』「行巻」所収)と説き、「一切凡小、一切時のうちに、貪愛の心つねによく善心を汚し、瞋憎の心つねによく法財を焼く」(『教行信証』「信巻」)と述べている。
 今回のような行為に対して、怒るな、無視しろ、というのではない。むしろ、「許せない」という怒りは、ごく自然な感情の発露なのかもしれない。しかし、その感情の集合がもたらした、自己を見つめ直す眼を見失ってしまうほどのエネルギーの大きさを思うにつれ、自分も確かに覚えた「義憤」の正体とは、果たしていったい何であったのか、と考えさせられてしまうのである。

春近 敬(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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