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Vol.53:先生の声 田村晃徳  仏教を学ぶ喜びは、生き方を問いかえすような言葉に出遇(であ)えることです。いま「出遇い」と書きましたが、その言葉を知ったときも、ちょっとした衝撃でした。なるほど「出会い」ではなく「出遇い」かと。言われてみれば、確かにそのとおりです。私と誰かが出遇うことは、偶然以外の何物でもありません。何故ならば、私がこの時代に、この国に生まれてきたこと自体がたまたまなのであり、それは誰にとっても同様なわけです。出遇えたという事実、実はそれ自体が私たちの理性では追いつかない出来事なのでしょう。この点に気づくと、自分がいまこのように在ることが不思議に思えてきます。
 もちろん「出遇い」という字は、単なる偶然性を示すだけではありません。そこには、誰かとの知遇(ちぐう)が自分の人生に大きな転換を与えた、というニュアンスが含まれています。だからこそ、この言葉は大切に用いられてきたのでしょう。ですから、そのような関係は、何年間ともに過ごしたのか、あるいはいつも仲が良かった、といった世間的な価値観ではかることはできません。そのような意味で、私の人生にとって大切な出遇いの一つは、今村仁司先生と共有できた時間でした。
 私は学生時代に哲学を専攻していたので、今村先生のお名前は知っていました。しかし、私が強く意識するようになったのは、先生が清沢満之の研究をされてからでした。今村先生以前は、清沢満之の研究には穴がありました。それは『宗教哲学骸骨』をはじめとした初期の著作に、本格的には誰も触れていなかったことです。そのようななかで、いわゆる宗門外であり、哲学をはじめとした西洋思想を専門とされている今村先生が『宗教哲学骸骨』を研究され、その重要性を明らかにしてくださったことは、それ以降の清沢研究に大きなインパクトを与えました。私が親鸞仏教センターの研究員として『宗教哲学骸骨』を研究会のテキストに選んだのは、今村先生が先鞭(せんべん)をつけていてくださっていたことも理由の一つです。
 私には忘れることのできない先生の言葉があります。
ひとたび矛盾や存在という言葉を使ってしまったら、もう自分が何と思おうと、それは学の道に入っているということなのです。それを自覚することが重要です(『現代と親鸞』第6号59頁)
 これは、清沢満之研究会で今村先生を講師としてお迎えしたときの言葉です。私がたとえ未熟でありながらも、これからも学の道を歩み続けようと決意したのは、この言葉を聞いたときでした。この先生の声はこれからも消えることはないでしょう。
 今村先生は亡くなられ、再会することはできません。生前にお会いできた時間も僅かなものでした。しかし、先生の声はいまも私の背中を押しています。そのことを思うと、人との出遇いというものは、単なる偶然にはおさまらない、ある力を感じずにはおられないのです。

田村晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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