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Vol.57:偽 本多 雅人  昨年(2007年)の世相を表す漢字のトップを飾ったのは「偽」でした。耐震偽装、食品の賞味期限切れ、年金記録、人材派遣の偽装請負、防衛省と防衛商社の贈収賄、英会話学校、大相撲……。「偽」を語るうえで、枚挙にいとまがありません。その他、「嘘」「疑」などが上位にランクされました。「ブルータス、おまえもか……」とは有名なカエサルの言葉ですが、誰も信頼できないという、実に不信の時代の只中に私たちは生きています。
 では、どうしたらお互いが信頼できる社会をめざすことができるのでしょうか。
 「偽」という字をよくよく見ると、「人の為(ため)」と書きます。「人の為」ということが「偽」ということです。とても意味深(しん)で、何かドキッとします。確かに、純粋に人の為というのはなかなか成り立ちません。人の為に何かをするときには、評価されたいと思ったり、見返りを期待したり、損か徳かを計算したりしています。仏教では、そのことを「名聞(みょうもん)・利養(りよう)・勝他(しょうた)」という言葉で人間の姿を言い当てています。人間は根本的に「偽り性」をもっているということを教えられているようです。犯罪的行為は許されるものではありませんが、ときにはそういうことを起こしかねない存在が人間なのかもしれません。そういう種子(たね)を人間はもっているのでしょう。ですから、「他人は信頼できない」と言いますが、実は自分を信頼できるかという問題でもあるのです。
 「偽り性」が人間の根本だとしたら、それをどう乗り越えたらいいのでしょうか。それは、その「偽り性」を自覚することから始まるのではないでしょうか。例えば、安全運転に心がけるといいますが、「私は絶対に事故を起こさない」と言ってハンドルを持つ人より、「私は事故を起こしかねない」と、常に注意している人のほうが実は信頼できるのではないでしょうか。事故を起こさないように気をつけていても、それでも事故が起きるときは起きるのです。しかし、起こしかねないという悲しみだけが、人と人をつなぐ鍵だと言えるのではないでしょうか。「偽りはしない自分」より「偽り性をもっている自分」の姿を悲しむことが、唯一の「信頼」ではないでしょうか。
 社会の不正、偽りを正すことは大切なことです。しかし、それは終始一貫しません。まして、事件を起こした人だけが「偽」であり、自分はそんなことはしないと考えるならば、ますます社会は不信によって覆われていくでしょう。社会に起こるさまざまな「偽」を伴う事件が、私たち一人ひとりの問題として、そこに悲しむ心をもったときに、「信頼」ということが本当に萌(きざ)してくるのではないでしょうか。
 人間は常に自らを正当化していこうとします。そのことに気づいていくことが同時に、自らのあり方を悲しんでいく眼をまた与えられていくことなのでしょう。その眼をどういただいていくか、そこに私たちの生きる課題があると言えるでしょう。

本多雅人(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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