親鸞仏教センター
お問い合わせ
 
「現代を生きる人々」と対話するために
HOME親鸞仏教センター概要アクセスサイトマップ
濁浪清風今との出会い研究活動報告出版物紹介講座案内ブックレビュー
 HOME > 今との出会い
keyword:絶対の静寂
Vol.58:永劫回帰の物語 越部良一  小林秀雄は、ドストエフスキーの『白痴』について、「この物語には終わりはないのだ。発狂した主人公は再びスイスの精神病院に還って行く。そしてやがて又彼は『俺は、これから人間の中に出て行く』と言い乍ら、ペテルブルグに現れるであろう」と書いている(『「白痴」について供戞法なるほど、この小説はニーチェの「永劫回帰」のすがたをしている。過去を現在のいいなりにしようとも、未来への教訓を語ろうともしていない。
 永劫回帰思想の力点は過去にある。より正確には、現在へ食い入って来る過去にある。それ自体はきわめて大切な営みである未来への顧慮(こりょ)というものが、もしもこうした過去と現在を置き去りにしてしまうなら、耳目を驚かす言い方もなされねばならない。過去がまったくそのまま繰り返し未来に還(かえ)って来るのだと。
 永劫回帰する世界なるものは、外在的に実在するものとされると即座に虚偽となる。それは、あそこにある、ここにある、と言われるものでなく、見える様(さま)には来(きた)らない。
 哲学的、宗教的に決定的なことの一つは、現在に過去の宝珠を保ち守り、過去の悲しみを引き受けること、ニーチェの言い方では、運命を愛することにある。しかし、過去の宝珠と、ある種の悲しみの間には、人間の力では乗り超えられない深淵(しんえん)がある。『白痴』の主人公(ムイシュキン)が語ることを例にとれば、赤ん坊が初めて笑いかけるのを見た時の母親の喜びと、知り合いの持っている銀時計がどうしても欲しくなってその知人を殺すこととの間には……。永劫回帰の思想がねらいをつけるのは、単なる宝珠でも、単なる悲惨な出来事でもない。それらが形作る深淵である。この深淵を、見て、見て、見抜くこと。この深淵こそが、「人間を超え出ていくこと」という想念を必然的なものとするのだから。
 小林秀雄は、ドストエフスキーの作品のなかでも、この『白痴』が好きだ、とある対談で語っている。彼が繰り返しこの作品を読む様(さま)、永劫回帰が実在するとはそういうことである。気の狂わないムイシュキンとは何者か。ナスターシャを殺さないロゴージンとは、ロゴージンに殺されないナスターシャとは何者か。ムイシュキンがムイシュキンでなくなり、ロゴージンがロゴージンで、ナスターシャがナスターシャでなくなるだけの話である。
 ナスターシャの亡き骸(がら)を前にして、ナスターシャを愛して恋仇(こいがたき)でもあったムイシュキンとロゴージンがともに夜を明かす、この小説の幕切れを、「作者の表現力が、かくの如き単一な静寂に到達した事は後にも先にも無かった」と小林秀雄は書いている(『「白痴」について機戞法まったく言葉も絶えたこうした否定的な場面に、われわれが繰り返し戻って来るとは不思議なことである。もっと肯定的なものへと、われわれは歩を進めてよいように思われるし、実際、小林秀雄とドストエフスキーの最後の長編(『本居宣長』、『カラマーゾフの兄弟』)は、実に感銘深い、肯定的な終わり方、あるいはこう言ったほうがよいのだが、繰り返し方をしている。だがしかし、彼らが、あの絶対的な静寂を決して忘れなかったことは、間違いのないことである。

越部良一(親鸞仏教センター嘱託研究員)

最近の『今との出会い』一覧
Backnember ページトップへ
濁浪清風今との出会いブックレビュー
研究活動報告出版物紹介講座案内バックナンバー一覧
親鸞仏教センター
MAP
親鸞仏教センターfacebook

親鸞仏教センター [真宗大谷派]<br>〒113-0034 東京都文京区湯島2-19-11
TEL 03-3814-4900 
FAX 03-3814-4901 
mail:shinran@higashihonganji.or.jp
 
掲載の記事・写真の無断転載を禁じます
Copyright©The Center for Shin Buddhist Studies. All rights reserved.
ホーム 親鸞仏教センター概要 講座のご案内 スタッフ紹介 バックナンバー一覧 リンク サイトマップ アクセス