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Vol.61:指先の記憶 春近 敬  チベット問題に四川大地震と、オリンピックを控えた中国に心痛む出来事が続いている。私は中国に行ったことがなく、身近に中国やチベットの知人もいないので、中国に関する話の一切は、今のところ新聞やテレビやインターネットなど、メディアによる伝聞というかたちでしか得られていない。
 ところが、伝聞によって物事をとらえようとすると、私の場合はどうしても思考が観念的になる。中国に関する情報は膨大(ぼうだい)で毎日のように見聞きし、そのたびにさまざまな事件や問題に心苦しくは思うのだが、数多(あまた)の情報を取り入れて考えれば考えるほど、頭の中で組み立てられたイメージは、むしろ理念化・抽象化されるような気がしてくるのである。現場に居合わせることなく、この頭の中でできあがった「中国」のイメージは、はたしてどれだけ正鵠(せいこく)を得ているのだろうか。
 そんなとき、ふと数年前の出来事を思い出した。私はダライ・ラマ14世の姿を、一度だけ目にしたことがある。九州のある寺院に来訪して、平和祈念の法要と法話の会が催された際に、知人がスタッフをしていた縁からその会に出席した。会の最後に、法話を終えたダライ・ラマ氏はステージを降りて、聴衆席の間の通路を退場した。握手を求める人が通路の左右に群がり、氏は両手を広げてそれに応えた。野次馬根性がはたらいた私も手を伸ばしたら、氏の指に触れた。そのときに覚えた感想は、「指の皮の厚そうな人だな」というものだった。指は想像以上に太く、70歳を過ぎた人とは思えないほどがっしりとした逞(たくま)しさを感じる手であった。まことに不遜(ふそん)というか無礼というか、氏の話の内容はあまり思い出せない。つまり、ダライ・ラマ14世の法話という「情報」は、自分の頭からはすでに消え去ってしまっている。しかし、氏の指に触れた感覚だけは、今でも鮮明に残っている。これは別に「有難い」とか、何らかの「霊感を得た」とかそういう類(たぐい)のものではなく、「指の皮の厚そうな人だな」という、何の深い思考もない単純な感覚である。されど、そのような手を持つ人がどのような道を歩んできたのかということに思いを馳(は)せることは、それほど難しいことではなく、それまでの情報では知り得なかった、生きた人間の一面に触れる思いがした。
 ゲーテは「感覚は欺(あざむ)かない。判断が欺くのだ」(『箴言(しんげん)と省察』)と言った。情報の処理能力は高いに越したことはない。莫大(ばくだい)な情報をうまく捌(さば)いていかなければ、思いがけぬ不利益を被(こうむ)ることすらある。ただ、溺(おぼ)れてしまうほどの情報の奔流(ほんりゅう)の中で自分が立って歩くには、最終的にはこういった感覚の記憶こそが出発点になるのかもしれない。

春近 敬(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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