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Vol.64:生と死 本多雅人  先日、近くを通ったので築地本願寺へ寄った。「hide(ヒデ)ノート」を見るためである。一体どんなことが書かれているのか、この眼で確かめたかったからである。
 10年前、人気ロックグループ「X JAPAN」のギタリストだったhide(本名:松本秀人)が33歳で命を絶ったとき、葬儀会場の築地本願寺に5万人あまりが参列したという。それから10年経った今日でも、築地本願寺には若者が途切れることなくお参りにやって来る。本堂には、葬儀以来「hideノート」が置かれていて、参詣する人たちが、死と真向かいになりながら、それぞれの思いを書き綴っている。現在、ノートは120冊に及んでいるという。本堂にはここ2、3年の数十冊が置かれていた。筆記している人は20代〜40代が主流だと思うが、内容を見ると、そこに一つの共通点が浮かび上がってきた。自分の欲望、お願いごとがノート一面に書かれていると思ったら、まったくちがっていた。ノートには「ありがとう」「生きる力を得た」「共に・・・」「見守ってください」「本当に生きるとは」という言葉であふれていた。
 これらの言葉から、若者の多くが不安・孤独・むなしさに苛(さいな)まれて生きながらも、自分を丸ごと包んでくれる「立脚地」を求め、それによって現実がどんなにつらくても生きていく意欲をもらいたいという深い願いをもっているということを強く感じた。だれもがつながりを回復し、共に生きていきたいと心の奥底で願っているのではないか。
 藤井美和氏(関西学院大学准教授)は、死生学の授業で、死に直面して自分自身を見つめるというワークショップを行っている。死という問題に真向かいになって、学生たちは自分にとって大切なものをいろいろ思い浮かべるのだが、死が切実になっていくにしたがって、形のある大切なものは、比較的早い段階で消え去っていくのが共通しているようだ。モノにこだわり、いのちあるものとも関係性を粗末にしてきたことに気づく学生が多く、大切なものとして最後まで残るのは、「形ないもの」か「大切な人」だそうだ。これは注目すべきことで、「hide(ヒデ)ノート」に見られる傾向性に類似している。死を受け止め直すとは、何を大切に生きているかを問い直すことだと藤井氏が指摘するとおりであろう。
 明治の念仏者であった清沢満之は、「我われが世に在るにあたっては、必ず一つの完全なる立脚地をもたなくてはならない。もしこれなしに、世に処し、事をなそうとするのは、恰(あたか)も浮雲の上に立って技芸を演じようとするもののごとく、転覆することを免れられないのはいうまでもない」(本多弘之編『清沢満之文集〈現代語訳〉他力救済の大道』草光舎)と言った。清沢の生きた時代は、近代のさまざまな矛盾が露呈し混迷を極め、かつ日本が戦争の道を歩みだした頃だ。そして、清沢自身も結核によって死と向かい合わざるを得ない状況だった。そのようななかで、清沢は大切なものを「完全なる立脚地」であると述べた。清沢にとっての立脚地とは言うまでもないが、清沢はその立脚地をもって、完全燃焼して死した。
 「何を大切に生きるのか」は、時代を超えた永遠の課題であろう。現代に生きるわれわれも意識の深いところで、その問いをもっている。われわれは永遠の課題に向き合っていくうえで、一体何に出遇っていくのか。それこそが一人ひとりの切実な問題である。

本多雅人(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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