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keyword:自然/科学/教育
Vol.66:自然をごまかすこと 常塚聴  「自然をごまかすことはできない」 これは、スペースシャトル・チャレンジャーの爆発事故の後に発表された報告書に、事故調査委員会の一員であった物理学者のリチャード・ファインマン氏が付け加えた「個人的な意見」と題する文書の最後に記された言葉である。ファインマン氏は、重大な事故の報告書が事実の究明よりも政治的な意向を優先させていることに強く反対し、あえてこの文書を報告書の補足として付け加えさせた。この短い文書からうかがえるのは、「好奇心にあふれた人間」と自称したファインマン氏の自然に対する深い敬意と、あくまでも事実にこだわる科学者としての誠実さである。そして、この事故の原因を解明するうえで大きな力となったものこそ、他ならぬその事実にこだわろうとする誠意なのであった。
 あくまで事実にこだわるというのは困難なことである。見たくない事実から目をそらし、そんなものは存在していないようなふりをするほうが、実はずっと楽なのである。事実を直視するよりもそこから目をそらしていたほうが得になるような場合なら、なおさらのことである。しかし、事実にもとづかないところには何ものも生まれはしない。チャレンジャーの事故の場合でも、正確な事実が明らかになることがなければ何もわかりはしなかったであろう。
 そうであるなら、私たちがあとに続く世代に何か教えることがあるとするなら、それはまず「事実にもとづいて物事を考えること」でなければならないだろう。教育の目的であり出発点は、何より事実を正確に捉え、それにもとづいて自分の頭でものを考え抜くことでなければならない。それはつまり「懐疑的精神」ということになるであろう。
 しかし残念ながら、現代の状況はむしろこれに逆行しているといわねばならない。正確な事実よりも「正しい」「美しい」こと、言い換えれば時の為政者にとって都合のいいことを教え込み、自分の頭で考えるのではなく「正しい」答えを丸暗記することを求めるような風潮が広がりつつあるように思える。そのうえ、「美しい」ことのために事実を曲げてしまうような動きすらある。
 ひとつの例が「水からの伝言」と呼ばれるニセ科学を教育に取り入れようという運動である。「ありがとう」と書いた紙を水に「見せ」ると対称形の「美しい」結晶ができるのに対し、「ばかやろう」を「見せ」ると「美しくない」結晶ができる、という写真を示し、それを「いい言葉を使おう」という道徳教育に利用しようというのだ。もちろん、科学的にはこんなことはあり得ない。そもそも水が何で「見る」のかと考えれば、馬鹿馬鹿しいと一笑に付してしかるべきものであることは言うまでもない。しかしこの運動は、誠実な科学者たちの反対にもかかわらず教育の場で広まりつつあるようである。
 道徳教育に科学的正確さは必ずしも必要ではない、という意見もある。また、結果として望ましい成果を上げることができれば教える内容はなんでも構わないのではないか、という立場もある。科学的に正しい教材では道徳教育はできないという極論さえある。しかし私は、事実を軽視するような教育は長い目で見て決してプラスにはならないと考える。
 そもそも、人間の言葉ぐらいで水の化学的特性という自然法則が変化させられると考えるのは人間の傲慢でなくてなんであろうか。人間はそんなに自然界で特別な地位を占めているのだろうか。ヒトは宇宙の支配者ではない。ヒトという種は、自然界の長い歴史の中で生まれたひとつの小さな種に過ぎない。そんな人間の思惑ひとつで、自然の法則を自分の思うようにねじ曲げられると考えるのは、自然に対してあまりにも無礼な言いざまであると言わねばならない。
 基本的なところで嘘をついたうえで、そのうえにどれほど美しく見える道徳を構築したところで、それは砂上の楼閣に過ぎない。事実は時として「美しくない」。時としてそれは身も蓋(ふた)もなく、道徳的でもない。しかしそれでも、その美しくない「事実」から目をそらしては何も生み出すことはできないのである。
 ごまかすことのできない自然をごまかそうとする時、自然は人間に手痛いしっぺ返しを食わせるに違いない。なぜなら、人間もまた自然の一部に他ならないからである。

常塚 聴(親鸞仏教センター研究員)

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