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Vol.74:下三寸(げさんずん) 常塚聴  自坊の庫裏を改装する前のことだったから、私が小学生ぐらいの時だったように思う。もう二十年以上も前のこと。確か夏休みで、実家の寺に帰省していた時のことだ。
 夕食の後、居間で家族がテレビを見ていた。だいたい家族が座る場所というのは決まっていて、居間の中央に置かれたテーブルの、玄関に近い側に母、その左手、本堂の方に父が座り、子どもたちは部屋の角に置かれたテレビが見やすい位置の、テーブルの台所側の一辺か、母の向かい側の玄関と反対側の一辺あたりに座るのが常だった。祖母はその頃はたいてい、テレビの正面のあたりに年中置かれていた石油ストーブの前のあたりに腰を下ろしていた。
 その日も、そんな感じで家族が居間に座っていた。トイレに行ったかなにかで、私が席を立ち、居間に戻ると、祖母が小さいがはっきりした声で言った。
 「下三寸」
 何のことか分からずにきょとんとしていると、祖母は改めて私に向かって節をつけるように、「上さらり、中はぱったり下三寸、下々の下等は後を構わず」。そして私の後ろを指して、「あんたは下三寸」と言ったのである。振り返ると、入ってくる時に開けたふすまに、ほんの少し隙き間が空いていた。
 あわててきちんとふすまを閉めていつもの席に座ると、祖母は私に言った。上品な人は戸を閉める時に音を立てないように閉めるものだ。音を立ててパタンと閉めるのはよくない。閉めたつもりでもほんの少し隙き間が空くのは下品なことだ。そして何より、開けた戸を閉めないでそのままにしておくのは一番いけない。「あんたは下三寸。」祖母の声はいつものように穏やかであったが、その口調は厳しかった。私は尊敬する祖母にみっともない姿を見られたように思い、ただうなだれていた。いくらか赤面していたかもしれない。
 それ以来、戸に隙き間ができていると「下三寸、下三寸」とつぶやきながらその戸を静かにぴったりと閉めるのが、我が家では一種の遊びのようになった。音を立てずにぴったりと閉められた時には、誇らしげに「上さらり」とささやくのである。
 四年前に祖母が亡くなった。  祖母は戦争中から戦後にかけて、長く教師をしていた。葬儀の際、祖母の教え子の方が弔辞を読まれた。祖母が教壇を離れてかなりになるが、その方は祖母に厳しく教えられたことをはっきりと覚えておられた。
 「上さらり、中はぱったり下三寸、下々の下等は後を構わず」
 先生はいつも私たちにこうおっしゃっていました、とその方はなつかしそうな声で話された。あのことが、なぜか一番頭に残っています。よく、「あんたは下三寸」と叱られました。今でも、戸を開け閉めするたびに先生の声が聞こえるような気がします。
 その言葉を聞いて、私は祖母の人生に本当の意味で頭が下がるような思いであった。祖母は、しっかりしたものを後世に残し、私たちに言いたいことを伝えて、この世の生を終えていかれたのだと、その時に確信したのである。
 私は今でも、戸を閉める時にはちゃんと隙き間なく閉まっているのかを確かめてからその場を離れるようにしている。ついうっかり後を確かめずにそのままにして行こうとすると、どこからか祖母の声が聞こえるのである。「上さらり、中はぱったり下三寸、下々の下等は後を構わず」
 そのたびに心の中で祖母に詫びながら、こっそりと「ありがとう」と言っている。

常塚 聴(親鸞仏教センター研究員)

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