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Vol.80:オリジナル 田村晃徳

 せっかく生まれてきたのだから、何か自分にしかできないことをやってみたい。誰でもそのような願いはもつだろう。自分にしかできないこと、それは通常オリジナルと呼ばれる。誰の真似でもなく、誰に真似されることもない。自分だからこそ歩めた人生。そのような願望が、現代にはあふれているような気がする。
 でもなぜ、そこまでオリジナルにこだわるのだろう。「個性を大事に」「自分らしさを出す」─そのような感覚はもはやもっているのが常識にさえなっている感がする。そこには自分を表現したいという願いがあるのだろう。確かに、大切な思いではあるが、そこにある種の焦燥感、いわば「表現したい」のではなく「表現しなければ」といった一種の強迫観念を感じるのは私だけであろうか。
 自分の道は自分で切りひらいてこそ意味がある。そのように考えるとき、次の詩が念頭に浮かぶ人も多いはずだ。
 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る
 これはいうまでもなく、高村光太郎の「道程」からの一節である。私もこの言葉は常に頭にあった。この詩は自分には無限の可能性があることを思いださせてもくれるだろう。自分の人生は自分だけのオリジナルでありたい。そのような思いが大切であることは間違いない。
 しかし、現在の私は「道程」よりも考えるべき「道」の喩えにであった。それは釈尊の言葉である。
 比丘たちよ、まさにそれと同じように、わたしは、過去の正覚者が辿りたもうた古道・小径を発見したのである。(『仏教聖典』山口益編 169頁)
 私たちは通常、釈尊を仏教の創始者として認識している。しかし、この言葉による限り釈尊は自分で教えを作ったのではなく、道を、つまり過去の人びとが歩んできた道を発見したのである。その道が真理の象徴であることはいうまでもない。過去の人びとが歩んできた道を歩く。そこには一つの信頼感がある。道は作るものか、それとも発見するものか。どちらも、心惹かれる言葉であるが、現在の私は過去から続く道を歩むことによって、歴史に連なりたいという思いが強いのも、また事実なのだ。

田村晃徳(親鸞仏教センター嘱託研究員)

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